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学会員時代には必ず一応は一か月に一回の本部幹部会には出席していた。
気が重かったんだよね、あの会合に行くのが。
学会の会合自体99.9パーセントつまらなかったが
一番苦痛を伴う会合が本幹と略される本部幹部会という会合だった。
何が嫌かというとこれはオレの感覚にすぎないんだが
あの本幹の最初から最後まで不自然な明るさで気味が悪かった。
無理やりつくられたような不自然なまでの明るさが生理的に受け付けなかったわ。
何やら前座に青年部の活動報告等があり
最後に池田センセのスピーチとやらがあるんだが
結論から言えば正直言ってつまらなかったね。
まあ確かにいい事を言っているんだろうけど
心には全くひっかからなかったな。
池田センセのスピーチなんてな~んも覚えてないし心に残らなかったな。
今から考えると大聖人仏法の話なんてほとんどなかったな。
大聖人の御金言なんぞほとんど引用しないくせに
世界の偉人とされる人間の言葉ばっかり引用していた。
タゴールとかユゴーとか、池田センセは大聖人仏法より西洋哲学者の方がお好きらしい(笑)
オレから言わせれば本部幹部会などは適当に世界で偉人と言われる人の一文を引用して
それと強引に仏法とを結び付け最後に「だから学会は正しいんです」
と言って会員を喜ばすだけの時間だった。
それも本幹(またの名を同時中継と言い略称は同中)で頻繁に訴えていたのが
「報恩」の大事さと「師弟」の大事さを訴えるスピーチだった。
そりゃそうだ。それで会員を池田センセの都合のいいように
動かすためには「師弟」とか「報恩」とかは実に便利な言葉だからな。
仏法における正しい「師弟」が何かなんてもちろん言わなかったので
池田創価学会は創価三代の会長、なかんずく池田センセとの師弟関係が大事だと
何回も何回も会員に刷り込んでいった。
仏法上の師弟義と世法上の師弟論を意図的に混同させてね。
あとそれといかに自分(イケダ爺)だけが先代の戸田先生に
身を粉にして仕えたかという自慢話が延々と続いていたな。
まっ、要するにオレ(イケダ爺)が戸田先生に仕えたように
お前ら学会員は全員オレ(イケダ爺)に尽くせと言いたかったんだろ。
仏法上の正しい師弟の筋目を知らなかったオレは
こんな品のない奴を「師」と仰がなくちゃいけないものかと
非常に思い悩んだし最後まで池田を「師」と仰げなかった。
日蓮大聖人を御本仏と仰ぐオレからすれば
大聖人を根源の師と仰げない学会に日蓮大聖人の仏法は一片もなく
完全に池田教という外道になりさがったじゃないか。
これを池田教と言わずして何を池田教というのかね。
大聖人を根源の師と仰げないばかりか
元々学会員の頭の中に大聖人なんぞ存在しないのではないか。
まあともかく、あの本幹というのは全くもって時間の無駄だった。
男子部時代はまだいい、幹部じゃなかったからね。
学生部の頃はいやだったなあ。あんなつまらん会合出席のためと部員さん結集のために
貴重な時間と労力を使ってそのうえ謗法まで積んじゃったからな。
本当に心の底から後悔しているよ。



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オレの学生部時代、確かにソトヅラはバリ活だったかもしれない。
一応役職ベースで言えば分県副書記長(部長兼任)までやったからね。
でははたして内面はどうであったろうか。
はっきり言ってない面は実を言うと学会に不信感を抱きまくっていたのだ。
むしろ創価学会は嫌いだった、というより一番嫌いなのは池田センセだったな(笑)
ではなぜ嫌いなのに学会活動家、それも分県副書記長の役職まで担うようになったのか。
ここからが複雑なところで、学会、そして池田センセは生理的に受け付けないけど
それでも学会活動イコール正しい仏法だと思い込んでいたからだ。
以前にもコメントいただいた方に返信をしたことがあったが
宗教というのは「正邪」であって好き嫌いではないのだ。
なかんずく本尊の正邪なのだ。
今でこそ本尊は「正邪」だなんて言っているけど
ま、当時は本尊なんてものはあの日寛上人が書写し奉った本尊をコピーした、
いわゆるニセ本尊が正しい本尊と思い込んでいた。
というより確かに学会は「日顕宗を破す」なんて言って日蓮正宗をディスりまくっていたが
オレ自身日蓮正宗なんて興味なかったからね(笑)
オレは興味ないものの知識は全く脳みそに入らない困った人間でして
学会幹部や池田センセがいくら「日顕宗と日顕(上人)」に対して
口を極めて罵っても右から左だったな(笑)
だから~、あの相貌(そうみょう)をしたものがそのまま本尊だと思ってたわけ。
大聖人仏法と言えば創価しか知らんかったし、学会活動で忙しかったので
正宗と学会の本尊や教義の違いなんて考えなかったな。
本尊に勝劣があることすら思い至らなかったのよ。

悪い、話逸れた。宗教というのは「正邪」であって就中本尊の「正邪」なのだ。
一凡夫の好き嫌いの感情と宗教の「正邪」は全く関係ない。
嫌いイコール間違っている、好きイコール正しいとはならない。
何度も言うが、当時は大聖人仏法と言えば創価学会しか知らなかったので
正しい大聖人仏法を行じたいとの思いから
家庭訪問をしてくれた学生部の先輩に誘われるがまま
学会活動家と相成ったわけなんだが
だからといって学会に対する「心のしこり」というものが取れたわけではなかった。
いや、むしろ学生部活動家時代を通して創価学会に対してあやまちを確信するに至るまで
イケダダイサクが自分の権力欲と禁欲を満たすために大聖人仏法を
利用しているんじゃないのかという疑いが頭を離れなかった。
だからジレンマだったな。
大聖人仏法は正しい、創価学会はその大聖人仏法をきちんと行じている。
しかし、池田先生はその「大聖人仏法の正しさ」を口実に
自分の権力欲を満たすことに利用しているのではないかと。
すなわち、正しい大聖人仏法を行じて成果を出すイコール自分の担当区域を大きくすることで
それは創価学会の拡大につながることだった。
創価学会を拡大するということはそのままイケダダイサクの影響力の拡大に
手を貸してしまう事に他ならないし、そして池田マンセー人間を増やしたくなかったので
このジレンマは悩みだったね。
「法戦」と称する選挙戦は特にね。
政治に直結することだからね。政治の影響力というのは計り知れないほど大きい。
イケダダイサクの人格や考えに対して大いに疑いを持っていたオレとしては、
特にイケダダイサクに危険な独裁者のにおいがしたので(都合の悪い批判は一切封じるところとかね)
「こいつだけは政治の世界に影響力を持たせてはいけない」と直感したよ。
学会というのは「桜梅桃李」という言葉を使って人間一人一人の個性を大事にするように
喧伝しているが実態は逆で、学会ほど画一的で息詰まるところはなかったね。
自分の考えを表明しにくい空気だし。
大聖人の仏法というのはこんなに息苦しいものなのかと
大聖人仏法に対しても疑いを持ってしまったよ。
結局それは誤りだと気付けてよかったけどね。
そういう全体主義的気質を持つ創価学会、特にイケダダイサクが
日本の政治に影響力を持つことを強く危惧していた。
だから本当の意味で学会活動に対して本気にはなれなかったね。
で、なんでこんなこと書こうかと思ったのは空伽羅おじさん様から


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私も鼻息を荒くして、
次の戦いでは1000万票をハムが
獲得する様に
命がけで戦う決意をした昔が
懐かしく感じる今日この頃。
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といったコメントをいただいたからです。
私は外面的には確かにバリ活に分類された人間ですが
内面は違いますよーということを表明したかったからなのです。
むしろ、内面をこうやって整理するとアンチに限りなく近いです。

創価イコール大聖人仏法と思い込んでいた時は
確かに創価学会から離れ難いと思っていた。
そして創価学会に対する疑惑、不信感は「元品の無明」なんだと。
そうやって自分の中にある創価学会に対する不信感を
学会に間違いがあるという疑惑が向かないように学会に仕込まれていたなと。
そのような学会時代を思い出しながらこの記事を書きました。
イケダダイサクに関してはもっと言いたいことはあるけどそれはまたいずれね(笑)



今までオレが主に活動していた学生部時代を思い出すことはなかった。
学会の誤りに確信を持ってから活動家時代をよく思い出すようになった。
みんな元気かなと心配することもある。
懐かしい先輩後輩の顔だけでなく声も今でも思い出すよ。
あの活動家時代は・・・お腐れ様幹部もいて思い出すとイラッとする時もあるが
懐かしいと思う時もたまにある。
少なくともあの時代、共に過ごした濃密な時間は忘れられない。
あの時あの人があんなこと言ってたとか
あの場所でよく打ち合わせしたなとか
自転車でよく家庭訪問まわっていたなとか
家庭訪問に行った家の様子とかも
今でもはっきり覚えている光景が記憶にあったりする。
誤った仏法紛いのもとには二度と帰ることはないが
いい先輩後輩同期もいてみんな創価の誤りに気付いてほしいと願うまでだ。
あの三年前の会則変更、と言うより本尊義の変更を見て
あの時一緒に活動したみんなは何を思うのだろうか。
残念だがほとんどは何も思うまい。
信心とは名ばかりの、上の打ち出しに疑いを差し込むことはなく
単に創価学会という組織の言うことに何も考えずについて行っているだけ。
学生部時代、ほとんど御書なんて読まず
家庭訪問の数、
FやZという選挙の数、
折伏と言う名の勧誘数、
各会合の結集数、
未活から活動家に育てた数、
数字、数字、数字に追われる毎日・・・。
三大秘法なんて一切教えられていない。
これっぽっちも学生部幹部、そして男子部活動家の口から出てきた覚えはない。
オレの所属していた学生部、オレが活動していた時代の学生部には
もうすでに大御本尊への信仰なんてなかったのだ。
大御本尊を知らないオレらの世代には大御本尊の事は教える必要もないと、
宗門へ意識が向かないようにする学会本部の戦略だったのか、それは知らない。
しかし学会員の信仰は大聖人を信じていると口では言いながら
実際はイケダダイサクを信仰していて・・・いやそれすらも怪しい。
実際は創価学会と言う組織を信じているのだ。
だからこそ心配で早く目覚めてほしいんだよ。
実は今まで学会が言ってたことなんてまるっきり嘘なんだぜってね。
そして一刻も早く
汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰」しましょう。




オレが大学生だったころ、自分の時間とカネと労力を割いてやってた学会活動。
あの「学会活動」とやらはいったいなんだったのか。
それは詰まるところ、数字を上げる活動だった。
そしてそれを「大聖人仏法」、「仏道修行」と称していたのだ。
今思い返せばギャグそのものなんだが
当時は必死になって数字を上げることに汲々としていた。

グループ長、副部長、部長そして分県副書記長といった役職をやる中で
常に様々な数字に日々追われていた。
創価学会は営利企業でもないのに何でも数字が大好きだ。
折伏数はもちろんのこと、各会合の結集数、友人への対話の数
そして選挙になればFの数はもちろんのことZ(連れ出し)の数を
作り上げるために気を揉んでいた。

ではこれらの数字が本当に実を伴った数字だったかと問われると首をかしげざるを得ない。
オレが学会幹部の面接に臨んで幹部から言われたのは
「今まで池田先生と向き合って座っていたのを
これからは池田先生と同じ方向を向いて部員さんと関わってほしい」と言う事だった。
「池田先生と部員さんをつなげる」そういった目的意識のもと
(当然この段階ですでに日蓮大聖人は眼中にはない)
各会合への結集の戦いが毎度毎度おこなわれた。
例えば池田センセに会えない圧倒的大部分の会員が池田センセの声を直接聞ける
月に一回本部幹部会(本幹、または同中)が会館で開かれるため
その結集に毎月毎月本幹開催中に会館に集めるため必死になって家庭訪問した覚えがある。
その直前の部長会(各部の部長副部長並びに分県幹部が出席)で各部の部員結集目標を決めて
その後、各部で行うG(グループ)長会
(担当分県幹部と正副部長、G長、ビクトリーリーダー(VL)出席)で
各グループの目標結集数を決めさせる。
で、そのあと部幹部が一斉に散らばって家庭訪問をするんだが
家庭訪問の段階で本幹出席の確約までは取れるんだが
いざ、本幹の日になると急に連絡がつかなくなったりして
確約倒れになってしまう。で、目標数に届かなくなってしまう。
(その時から薄々感じていたことだが多くの非活部員さんにとっては
学会はしつこくうっとうしい存在の何物でもなかったのだから
家庭訪問した時はしぶしぶ首を縦に振るんだが
内心はとっても嫌で、応対するのも面倒くさかったんだろうなぁと
今は確信を持って言えるわ。)
地域や会館によっても異なるが月に一度
木曜日の夜一回、月曜日昼にやる一回と金土日は昼と晩の2回づつの
計8回本幹の放映の度に会館の下駄箱の前に張り付いて
自分とこの部員が来ているかどうか見張っていたが
(正直言ってキモすぎるよ。ようこんなあほなことに必死になっていたなあ。
さすがに平日の午前の部はみんな学校に行っているので平日の昼は出動できなかったけどね)
上述のように確約倒れが多くて目標数に達しない。
それでは困るとどうにかして放映が終わらないうちに部員さんに来てもらおうと
本幹放映中にも関わらず必死になって確約のとれた部員さんの家を回っていた。
こちらの必死の頼みに根負けしたのか来てくれる部員さんもいたが
ぎりぎり放映が終了する間際に来てくれた部員さんも出席として数えていたな。
それでもまだ数字が足りないとなってまた放映に間に合わない部員さんも
会館に来てくれたからとりあえず出席としてカウントしておけと
なって本幹が終わった直後の部長会ではこんな何の意味もない数字を報告して
「○○部は今回の本幹の戦いに勝利しましたー。」と言う。
池田センセのスピーチなんか聞いてなくともとりあえず出席としてカウントしようというのは
大聖人仏法はもちろんのこと
「池田先生と部員さんをつなげる」といった当初の目的なんぞ
もはやこの時点で全く頭の中には存在しなかった。
こんな意味のない数字に汲々とすることは学会幹部としてよく目撃した。

もうひとつ学内の戦いを例に挙げると
学内の戦いのクライマックス(笑)は何と言っても大学祭。
他の同級生等はみんな楽しく友達とキャンパスを歩いたり
お酒を飲んでワイワイやって騒いでいたりとしている中で
オレら学会活動家は教室を一室を借りて
創価学会とイケダダイサクを宣揚するという学内の戦いを展開してた(笑)
もちろん露骨に創価学会の名前は出せないので
学会がよく謳っている「平和、教育、文化」の理念を前面に出しつつ
それにつられて教室に入ると三色旗とイケダダイサクの肖像画が
飾られているというホラーを体験することになる。
で、その大学祭の「戦い」にも当然結集目標
(展示会場に来た人に創価学会やイケダダイサクを宣揚する人数)があった。
その「戦い」に勝利すべくほかのかわいい女の子らがワイのワイのやっている最中に
催し物をやっている教室に誘導する「戦い」を必死になって展開していた。
教室の中で展示物を説明しその後創価学会や池田センセの事に誘導する役と
人が多く集まる所へ行って教室に誘導する役とに分かれて
目標達成目指して頑張るわけだが
やっぱり目標に行かない(そもそもそんな展示物に興味を持つ奴はそう多くはない)。
で、とりあえず創価学会やイケダダイサクの宣揚するより
(展示している)教室に誘導することを最優先するようになり
とりあえず教室に入ってくれた人を「対話した人」にカウントする。
それでも学際終了間際になって目標数に行かないから
事前に作っておいた展示を告知するチラシをばらまいて
そのチラシを受け取った人を「対話した人」にカウントする。
で、目標数を達成してその後の大きな会合の檀上で
「我々の大学はこの度の学祭で○○名の対話の戦いに勝利しましたー
池田センセを宣揚できましたー、広宣流布の戦いに勝利しましたー」と絶叫する。
で、そう壇上で叫ぶと会場がドッとなる。他の大学も同様だった。
うすうすそのバカらしさに気づきつつあったが、
今思えばまるっきりアホ丸出しの集団だった。

数字を目標に掲げる、それは一見正しいように思えるが
数字を掲げたその瞬間から数字を上げることに没頭してしまう。
で、学会幹部もその数字の内実なんてものを全く持って気にしてなかった。
折伏(笑)もそうだった。折伏(笑)をされた人が学会バリ活になった記憶はない。
(もともとオレの部は折伏(笑)が弱かったという理由もあるけどね。)
学会本部の事やほかの男子部、婦人部、女子部の事は知らんけど少なくとも
オレが活動していた組織は周りが全てそんな感じだった。
全部が全部とは言わないが
学会活動家の口から出る数字なんて当てにできんことは確かだ。
全部が全部とは言わんが学会活動家の口から出る数字というのは
内実の伴っていない員数が多分に含まれていることは確かだ。




オレが学会活動に精を出していた学生部。
創価学会の中ではちょっと特殊な「部」になる。
学会組織で言えば四者と呼ばれる
壮婦男女の各部の枠にすら入っていない。
四者とはあんまり絡まないので
四者は学生部が何しているのか知らんと思うし
学生部員も四者が何しているか知らんと思う。
もっとも親兄弟から話を聞いている人もいると思うがね。
でも、一緒に活動したことはほとんどなかった。

で、その学生部だが、基本的には四者と同じことをしている。
ないのは金が絡むこと、財務と新聞啓蒙がないくらいかな。
少なくともオレが活動した時代の、オレがいた地域ではなかった。
これは断言できる。
学生部の活動は四者とは基本同じことをしているんだが
学生部の戦いと称する場は二か所あって
ラインは通っている大学は違っていても
同一地域に住んでいる学生らが集まった組織で
学生部の活動はこっちがメインとなる。
これは四者と同じ。
もう一つは学内部と言って
住んでいる地域は違っていても
同じ大学に通う学生が集まった組織になる。

で、この学内部の活動は何するかと
学内の広宣流布の名のもとに
学校内で折伏したりするんだが
学内の戦いのメインとなるのが大学祭だ。
大学によって異なるが年に一回か二回大学祭が催されるので
その大学祭を利用して学会を宣伝するための
例えば展示を行ったりするんだが
当然大学内で活動するから
大学当局に正式に認められたサークルを作って
活動するわけだがそのサークルの名前は学会色は出せない。
出したら大学に対するサークルの申請は通らんからね。
で、どういう名前にするかと言えば
例えば創価大学にある「東洋哲学研究所」から拝借して
東洋哲学研究会と名付けたり
学会系出版社の第三文明社から「第三文明研究会」という
名前で活動している大学が多かった。
よくある名前を二、三言えば
生命哲学研究会とか
東洋思想研究会とか
全国的にもこの名前で活動している大学が多い。
標語は「平和、教育、文化」が多かった(笑)
ちなみにオレが通っていた大学は
東洋哲学研究会の名前で活動していたな。
名前がダサすぎて大学主催の
サークル責任者会議に出席するのが恥ずかしかった思い出がある。

オレが通っていた大学というのは
あんまり賢い奴がいなかったので(笑)
哲学を研究したいとかいう殊勝な奴なんていなかったから
一般学生とかあんまり近寄ってこなかった。

なんでこんな記事を書こうかと思ったのは
大学によっては年二回の大学祭があって
一回目の大学祭の開催がこの時期から増え始めるから
警告の意味で書こうと思った。

特に大学新入生のみなさ~ん、東洋哲学を謳ったりしているところは
基本的に創価学会学生部の隠れ蓑ですよ~。
気をつけてくださいね~。
創価学会をはじめとするカルト宗教団体が
表向きはマジメな団体を装って
勧誘してきますので怪しいサークルには近づかないようにね~。




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