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オレは創価学会二世として生まれた。
オレが生まれた当時はまだ、日蓮正宗創価学会だった。
しかし創価学会が日蓮正宗から破門されたときは小学生だったので
当然何が起こったのか理解できなかった。
というより破門に至った背景はもちろんのこと
創価学会が日蓮正宗の信徒団体の一つで
創価学会のバックに僧団が存在している事すら知らなかった。
子供の頃のオレは日蓮正宗総本山大石寺や
その信徒団体の法華講なんて名前を耳にした覚えはない。
日蓮正宗の僧侶に会ったこともなければ見たことすらない。
大石寺や登山という言葉自体は聞いたことがあったのかもしれない。
しかし、思い出そうにも全く記憶にはない。

確かに読経するのに使っていた経本の表紙に日蓮正宗の鶴丸の宗紋が描かれており
仏壇に鶴丸徳利が飾られていたことは覚えている。
ただ、日蓮正宗に所属しているという意識はなかった。
経本に鶴丸の宗紋が描かれてあっても
経本の裏表紙にはっきりと日蓮正宗とか書かれていても
子供のオレは気に留めることはなかった。
そんなこんなでオレが所属しているのは創価学会なのだと。

かくして二世のオレは信心、宗教と言えば創価学会しか知らず
ただ、親からこの創価学会の信心が唯一正しく
他は間違っているとそのように教えられてきた。
子供の頃は数ある宗教団体の中で親と同じく
無邪気に創価学会が唯一正しい団体と信じていたし
創価学会は平和の団体で創価学会が広まれば世界も平和になると単純に思っていた。
でも「何となく心に引っかかる違和感」があった。
その心に引っかかる違和感は子供の頃にはうまく説明ができなかった。
心に引っかかる違和感を抱えながら月日は過ぎていった。
大きくなるにつれ「心に引っかかる何か」は消えるどころか大きくなっていった。
しかし、心のどこかでひっかかるものがあっても
それでも創価学会の信心はどこまでいっても正しいのだと。
もっと正確に言えば日蓮大聖人の教えを
創価学会が唯一正統に受け継いでいるものだと思っていた。
だから大学生時代、唯一正しい信心をしようと学会活動をする決意をした。
学生部の活動家になったのだ。
心に引っかかる何かを抱えながら……。
学生部の活動家として学会活動の内幕の一端を身をもって知ることになる。
まあ学生部活動家時代色々あり~のしたが
大学卒業後、男子部に移り活動をやめた。
活動を停止したのは学会活動の乱暴さの一端を身をもって知ったからだ。
しかしそれでも学会の信心自体が間違っているとはつゆほども思わなかった。
活動の中で多少の乱暴さはあっても日蓮大聖人の仏法それ自体を疑う事なんかなかった。
この時はまだ、日蓮大聖人の仏法イコール創価学会と思っていたのだった。

一年ほど前、心の中にある心のどこかでひっかかる”何か”の原因を
色々調べ、悩み考えてみた。徐々に”何か”が膨れ上がっていくのを感じた。
ついにその”何か”が極限まで膨れあがり破裂した。
ついに創価学会が間違いであるとの確信に至った。
いや、間違っているどころの騒ぎではない。
間違いどころか仏法史上類例を見ないほどの極大謗法団体だとの確信に至ったのだ。
「創価学会は間違っている」と。

オレは直ちに確信したことを家庭訪問してくれる活動家幹部に伝えた。
「学会活動はもう二度としません。なぜなら創価学会は教義的に間違っているからです。」
親兄弟にも伝えた。
創価学会は間違っていることを……。
意外かもしれないが活動家幹部からはほとんど何の反発もなかった。
オレの宣言に
「えぇ?まじッスか?」ぐらいの反応だった。
ただ、親兄弟は反発してきた。
まあでも反発と言っても急に大激怒したとかではなく
「お前の言っていることは偏っている」とか
「創価学会を批判すれば罰が当たる」程度の反発だが。

オレはついに覚醒したのだった。
ただ、覚醒したといってもまだ半覚醒の段階だ。
この記事では詳細は書かないが
創価学会が間違っていることに確信に至ったと同時に
少なくとも教義の面では日蓮正宗が正しい。
との確信に至ったのだ。
今はまだ学会員だ。
だが、いずれ日蓮正宗に帰伏しようと思っている。
それはオレだけではない。
むしろ親兄弟が日蓮正宗に帰伏してほしい。
そう願っている。
オレと親兄弟が日蓮正宗に帰伏したその時こそ真の意味での”覚醒”なのだ。



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