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遅まきながらこの本を買った。
実を言うとこの本の存在を知ったのは
ヤフーニュースだったんだがいろいろ調べてみると
アマゾンレビューやよそのブログでは
この本に書かれている内容は
ブログで書かれていることの延長だと書いてあったので
買わんでもええかなと思っていたんだが
創価学会と池田センセが聖教新聞等で言っていることを
無邪気に信じすぎている家族に対して
動執生疑を引き起こす助けとすべく購入した。
「人間革命」等は池田センセが書いてないよとか
学会本部の職員は高給もらいながら
会員の事なんてつゆほども考えていない人間がほとんどだよとか
本部の実態を知らないオレがいくら言っても
聞く耳を持ってくれないからね。
実際に学会本部で十何年間か働いて
実態をその目で直接見てきている人の話なら
ほんの少しは納得してもらえるかと思ったからだ。
しかもこの三人組の立ち位置が実にいい。
御三方とも熱心な学会員の両親のもとに生まれた学会二世で
池田センセを純粋に師匠と仰いでいて
今も「師匠」池田センセの理想を信じきっている。
でそんな彼らが本部職員として採用された後は、
実を言うと「人間革命」の執筆が代筆であったり
著名人との対談が直接ではなく
池田センセから方針を伝えられた本部職員の手で
対談がつくられていく事実を
ありがたいことに暴露してくれている。

おととい帰り道に本屋に寄って購入したんだが
一読してよそのブログ書いてある通り
ブログでの内容と本での内容と厳密に比較はしていないが
大部分はネットで配信している内容の延長だった。
この著者のブログは更新されていないかチェックしているが
まあまあブログを読んでいると
いろいろ言いたいことがわんさと出てくるが
そこはこのブログではあまり突っ込まないようにしておくよ。
でも問題はこの本を家族に読ませても
しかしまあイケダ創価学会に対する信頼が揺らぐかどうかなんだよね。
むしろこの三人組を「反逆者」とか罵りそうな予感。





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オレは日蓮正宗に帰伏希望なんだが
宗門関係者と全く縁がない。
法華講の知り合いもいないし
会ったことすらない。
いきなり帰伏は今のところ不可能なんだが
少なくとも交流はさせていただきたく
自分からに地元の日連正宗の寺院と法華講事務所を検索して
連絡をとろうと考えているんだが
この段階になって相当悩んじゃっているんだよね。
宗門の寺院でピンポン押していきなり
「すみません、日蓮正宗に帰伏を希望する学会員です。」とか
もちろん「たのもー」なんてできないし(非常識すぎる)
法華講事務所に連絡しようと思ったんだが
これまたいきなり電話してもいいのか
お寺に電話するにご迷惑がかからない日時はいつなのかとか
電話連絡の第一声は何言おうかなあなんて
しょうもないことで逡巡しちゃってねぇ。
日蓮正宗関係者に連絡をとろうと決心してから
ズルズルと相当長い時間が経過してしまった。
うちに法華行員が撒いたと思われる「ニセ本尊破折チラシ」が入っていたりと
うちに来ていることは来ていると思うんだけどね。
一歩も前に進まないから思い切って
近日中に連絡をとろうかと思っているだけどね。
でもおれのおケツは鉛みたいに相当重いのよ。
まさか自分の人生で一生に一度あるかないかの改宗で悩むとは思わなかったよ。
そんなもん無縁と思ってた。
正宗起伏…これはオレにとっては信仰のスタートなんだが
そのスタート地点にすら立ててないという情けない状況を何とか考えないとな。
正宗関係者からすれば「何をためらっとるんじゃい。」と思われるかもしれないが
でもなぁ、やっぱりなぁ。



昨日(2017年4月23日)のヤフーニュースでやっていたが
横田めぐみさん(当時13歳)らが拉致されてから40年経過し
北朝鮮による拉致問題の解決を求める「国民大集会」が23日、
東京都内で開かれたようだ。
同じ日本人としてこの拉致問題を考える時
非常に心苦しくなるよな。胸が張り裂ける思いだよ。
なんというか、突然自分の家族が目の前からいなくなり
誘拐犯がだれだか判明しているのに誰も手を出せないし出そうともしない。
その状態が四十年も続いてんだから。いたたまれないよ。
しかもそのご家族はもう相当お年を召されているわけでしょ。
人一人を外国政府が誘拐して返さない。
これをめぐみさんの母早紀江さんは
「国家的な犯罪をされたままの40年は、国家の恥だと思う」と心情を吐露されている。
まさにその通りで日本という国を馬鹿にされているようだ。

この「国家的な犯罪」を人道主義、人間主義、庶民の政党を謳っていた公明党が
なぜ真剣にこの問題に取り組まないのか非常に疑問だった。
結局のところ人権人間主義庶民のための政党ってのは嘘で
結局民主党(当時)、社民党、共産党と大差なく
創価学会の利権を守るための政党だと後々判明したんだが。
学生部活動家時代そんな公明党なる政党を法戦とはいえ
支援するのがとても苦痛でたまらなかった覚えがある。
イケダ創価学会にしてもそうだ。
聖教新聞紙上で過去の日本の悪事を、
それも実際にやったかどうかもあいまいなことを
非難する記事は小中高の頃よくお目にかかったが
中国、韓国、北朝鮮の非人道的行為を非難する記事は
不思議と見つけられなかった。
ご丁寧にも仏法とからめてながら
人間主義者、人道主義者、平和主義者、地球市民云々と
聖教新聞紙上でよく池田センセに冠した言葉だったので
イケダ創価学会がちゃんとこの北朝鮮による拉致問題にも言及して
非難したりしてくれるんだと淡~い期待を抱いて
聖教新聞を目を皿にして読んだが
イケダ創価学会が拉致を批判した記事はついぞお目にかかれなかった。
それだけでなく実際に自分たちに味方してくれる中韓の悪事には目をつぶっていた。
チベットウイグル弾圧・・・。
「権力の魔性」が、池田センセイ様が大事な「庶民」に
迫害を加え多くの「尊い命」を奪っていき、
国民生活を無視して「絶対的平和主義」に反する軍拡に余念がない中国、
そして北朝鮮に全くと言っていいほど言及ししようとしない。
「絶対的平和主義」を謳う池田センセが大好きな中国は、
日本と違って戦後周辺国と数多くの戦争を引き起こしている。
中国なんか文革やら天安門事件やらイケダ創価学会が
謳っている事と真逆の事をやってんだけどなあ。
やがて批判精神が年齢とともに身についてくると
イケダ創価学会が人間主義、平和主義、人道主義、地球市民なんてものは
自分を良くみせたくて言っているだけなんだったと確信することになるけどね。
結局イケダ創価学会(=公明党)の言ってることやってることって
紙みたいにペラペラの薄っぺらだったんだね。
はあ、なんだかなぁ。

公明党、創価は脇に置くとして
この拉致問題だけは早く解決して横田さんとその他の拉致被害者のご家族が
残り少ない人生をご家族と一緒に過ごすことができるといいんだけどね。
なんかやるせないよね。





よく創価学会はアンチが創価学会を批判する理由を
「創価学会に嫉妬しているからだ」なんてバカなこと言っているが
創価学会のどこに嫉妬するんじゃい(笑)
ホントに創価学会に嫉妬するようだったら創価学会に入れば終いやないか。
しかしだ、創価学会に嫉妬はしないが宗門には嫉妬するよ。
なにせ日蓮大聖人の御当体たる本門戒壇大御本尊様は
日蓮正宗大石寺にのみおわしますからね。
その大石寺の奉安堂の外観を指くわえながら
ネットで眺めてる事しか今のオレには出来ないんだから。
「あの奉安堂にご安置されている本門戒壇の大御本尊を拝し奉りたい。」
半分覚醒した時からず~っとそれを渇仰している。
日に日にその思いは膨らんでくるばかりだよ。
日蓮大聖人をご本仏と仰ぐオレからすれば
創価にいる以上は大聖人の御当体たる戒壇の大御本尊を拝し奉れない。
これは残念という言葉では言い表されないほどの悔しさだ。
ふざけてるよ。池田センセとその眷属がしょうもないことせんかったら
今も大御本尊様にお目通りできたかもしれない。
だったら早く創価学会を脱会して日蓮正宗に帰伏すればええんとちゃうかと
思うかもしれないけど、そんな簡単にいけば苦労はせんよ。
オレ一人が日蓮正宗に帰伏するのはたやすいことかもしれん。
けど、親兄弟をほおっておくわけにはいかんからね、それが心配だ。
なんとしてでも親兄弟を日蓮正宗に帰伏させて
大聖人の御当体の本門戒壇の大御本尊様にお目通りしてほしい。
今の当面の目標は家族そろって日蓮正宗に帰伏することだ。
この歳になれば真剣に親孝行を考えてしまうからな。
ちゃんと親孝行せなあかんと思う今日この頃ですわ。
真の親孝行、それは創価学会の誤りに目を開いてもらい
唯一正しい真実の大仏法は日蓮正宗にしかないことを理解してもらうことだ。
オレの親は日蓮正宗創価学会時代に戒壇の大御本尊様に二度拝し奉ったらしい。
それであればなおのこと日蓮正宗創価学会時代に拝し奉った
本門戒壇の大御本尊にもう一度お目通りしてほしい、それがオレの当面の望みだ。
戒壇の大御本尊は日蓮大聖人の御当体だ。
その大聖人の御当体たる戒壇の大御本尊を拝し奉ったことのないオレからすれば
二度もお目通りしたことがあるなんて羨ましいよ。


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■かかる・いと心細き幽窟なれども教主釈尊の一大事の秘宝を霊鷲山にて相伝し・日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり、されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の所・喉は誕生の処・口中は正覚の砌なるべし、かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば・いかでか霊山浄土に劣るべき、法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊しと申すは是なり、神力品に云く「若しは林の中に於ても若しは樹下に於ても若しは僧坊に於ても乃至涅槃したもう」と云々、此の砌に望まん輩は無始の罪障忽に消滅し三業の悪転じて三徳を成ぜん、彼の中天竺の無熱池に臨みし悩者が心中の熱気除愈して其の願を充満する事清涼池の如しとうそぶきしも・かれこれ異なり問へども、その意は争でか替るべき。彼の月氏の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり、参詣遥かに中絶せり急急に来臨を企つべし、是にて待ち入つて候べし、哀哀申しつくしがたし御志かな・御志かな。
                               (南条殿御返事1578P)


■水あれば魚すむ林あれば鳥来る蓬萊山には玉多く摩黎山には栴檀生ず麗水の山には金あり、今此の所も此くの如し仏菩薩の住み給う功徳聚の砌なり、多くの月日を送り読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし、然るを毎年度々の御参詣には無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか、弥はげむべし・はげむべし
                             (四条金吾殿御返事1194P)
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日蓮大聖人をご本仏と仰ぐのならただちに
日蓮大聖人(=本門戒壇の大御本尊)の御もとに親兄弟を参詣させてあげたいから
いろいろ創価の誤りと日蓮正宗は悪くない(正しい)ということを
明示しながら話をしているがこれがなかなかなんだよなぁ。
謗法の毒気が強くて強くて色々証拠を明示してもアクロバット的な解釈で
創価学会を正当化するからなあ。ホントもどかしくて、トホホだよ。



マスコミでは、特に大手メディアでは創価学会を批判できない。
昔からだが、昔は今と違って創価学会の批判するとものすごい勢いで
抗議してきたらしい。いわゆる鶴タブーってやつだ。
今もいろいろCMのスポンサーになったり、
多くの新聞社に聖教新聞の印刷を外注して批判を抑えているとのことだ。

自分たちが本当に正しいという信念があればその批判に正々堂々反論すればいい。
もちろんアンチ創価の批判にもトンチンカンで的外れな批判もあるし
宗教教義の面では一般人にはわかりにくい部分もあろうかと思う。
しかし、傾聴に値する真っ当な批判も多々あるわけで
批判を極端に恐れすぎじゃないかという疑念を徐々に持ち始めた。
なぜこんなにも批判を恐れるのかず~とそれに疑問だったが
最終的に行きついたところは
「批判を極端に怖がるのは実を言うと創価学会トップの
池田センセがめちゃくちゃ小心者だからじゃないか
だった。
自分たちがちょっとでも批判される事は一切認めない、そして批判を極端に恐れる。
そのクセに日蓮正宗や敵対者に対する批判はボロッカス。
他人を批判したいのなら自分たちも批判される覚悟を持つべきだろ。
それが嫌なら他人を批判するなよ。
もちろん批判の仕方もいろいろ問題があると思う。
批判は言論のルールにのっとって行われるべきだし
対象を批判したいがために批判する、
嘘をついたり証拠を捏造したりして攻撃するのは
もちろんやってはいけないことだ。
人格攻撃も批判ではなく単なる誹謗中傷のたぐい。
でもそれをやっているのは創価学会の方でしょ。
日蓮正宗や日顕上人に対する批判はまさに批判したいがために批判だろ。
嘘をついたり証拠を捏造したりして宗門、日顕上人を貶めたりすのも
すごい勢いで宗門僧侶に対する人格攻撃を仕掛けてくるのも創価学会の方だ。
まっ、批判されたら胸くそ悪いのはわかるけどね。
でもねぇ創価学会員の皆様、もうちょっと世間様の批判に対して威風堂々としときましょうよ。
そして不毛な宗門誹謗ももうやめましょう。


オレが小学生の時がちょうど創価学会が日蓮正宗から破門された頃だった。
そのころから聖教新聞を読み始めたのはそのころからだった。
いわゆる日顕宗を聖教新聞紙上でボロッカスに叩いている頃だった。
小学生のころすでにあんな恐怖新聞を読んでいたわけだ。
池田センセが急に公の場に姿を見せなくなったころから
若干マイルドになった感じだが
その前は創価学会の敵対者、特に日顕上人に対する攻撃(というより誹謗中傷)は
相当えげつないものだったことを覚えている。
さすがに小学生だったオレでもこんな言い方はおかしいんじゃないかという
疑問を周りにいる大人の学会員に聞くと
「悪い奴は徹底的に叩かなあかんねん」と言っていた覚えがある。
批判能力のなかった小学生のオレは一応は納得したものの
何かいや~な感じが心の中に残ってしまい、
成長するにしたがってそれがオレの中で育っていった。
結局のところ、それが創価学会が間違っているという確信に
つながっていくきっかけになるんだが・・・。
偉そうで命令口調、上から目線、恩着せがましい、
敵対者や学会を認めない者たちに対する罵詈雑言、
その反対に創価学会の味方に対する気色悪いほどの持ち上げっぷり等々、
今思えば聖教新聞の紙面が学会員の体質そのまんまだったわけだ。
そして何よりも池田センセの手紙という位置づけだった聖教新聞の紙面は
池田センセの本性そのものだったんだと。
聖教一面では大概池田センセがどこそこのお偉いさんから勲章をもらったとか
きらびやかな内容だったがそれと寸鉄、紙上座談会とのギャップがすごかった。
特に寸鉄欄の命令口調には何回カチンとさせられたか覚えていない。
そしてある時を境に聖教新聞を読むのをやめた。
あまりの気分悪さに耐えきれなくなったからだ。
それが原因で活動家時代も聖教新聞はあまり読まなかった。
学生部時代は下宿していたんだが
下宿先のポストに何部も聖教新聞がたまっているのをオレの上役幹部が発見して
「お前、求道心のない奴だなぁ」とあきれられたほどだ。
で、今も読んでない。
ブログのネタに面白い記事を探そうかと思うんだが興味わかないしな(笑)
全然仏法とは関係ない事ばっかし書いているから興味がわかんよ。
たまに教義改正の時みたいに重要な記事が載ることもあろうが
基本的に読んでいても退屈な新聞だ。
池田センセがどうしたこうしたなんてどうでもいいことだし(笑)
聖教新聞に載っている教学も我見創価教学だしな。
色々聖教新聞には言いたいことがたくさんあるが
あの新聞は精神衛生上良くないことは確かだ。
少なくとも18禁にすべきだ。恨み憎しみを紙面で煽るような恐怖新聞は
ポルノ雑誌と一緒で青少年の育成に悪影響があることは間違いないからね。



学会の敵対者、特に日顕上人に対する
罵詈雑言は目に余る。
不燃物のゴミ法主、拝金日顕、欲ボケ脱魂老人、毒マムシ法主、汚辱の日顕等々。
よくまあこんな悪口を毎日毎日考えられるもんだとあきれてしまうな。
そのうえ、オレが学生部の活動家時代
日顕上人はもとより学会敵対者に対して撲滅の題目を上げる奴もいた。
先輩幹部なんだが日蓮正宗のお寺をリストにした紙を
仏壇において毎日毎日祈ってたな。
打倒、撲滅、仏敵・・・。
慈悲深き仏教徒のはずが人を呪い、恨み
あまつさえ敵対者が不幸になるよう題目を上げる。
学会員が敵対者に対する罵詈雑言を正当化するときに


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■もし善美苦あって法を破る者を見て置いて呵責し駈遣し挙 処せずんば当に知るべし是の人仏法中の仇なり、若し能く駈遣し呵責し挙 処せば是れ我が弟子・真の声聞なり
                                  (立正安国論26P)
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の御金言を根拠にするがそれは
「文理を尽くして相手の誤った思想を糺しなさい」という意味で
しかもその御金言の裏には仏の慈悲というものがある。
敵対者を憎めとか恨めとかましてや撲滅の題目を挙げろなんて一言もいっとらんぞ。
この立正安国論なんかは主人の言葉に客が反発しならがらも
主人はほほえみながら数々の経文を文証として挙げ相手の過ちを糺していき
最後には客が自分の誤りに気づき


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■唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ。
                                  (立正安国論32P)
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とまで言わしめるほど文理を尽くしておられる。決してイケダ創価が言うように


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◆青年よ、仏敵を打ち砕け。 学会迫害の悪人は厳罰で 野たれ死ぬまで攻め抜け
                       (2004年11月18日の聖教新聞の寸鉄)
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なんて闇金業者みたいなこと一言も仰せじゃないのよ。
しかも大聖人は「挙 処せずんば」と仰せ。すなわち証拠をあげつらえと仰せなの。
特に日顕上人が法主を詐称したとかエロ法主とか池田先生に嫉妬したとか
ちゃんと客観的証拠を挙げてみーや。
いまだに創価学会から日顕上人が池田センセに嫉妬した証拠を
あげれないでいる。そんなもんハナっからなかったんだよ(笑)
逆に池田センセが数々の謗法の言動を証明する証拠は山ほどあるぜ(笑)

人を恨む、呪う、撲滅を記念する…。
そのような祈りは還著於本人の厳罰をもらうことになるから
止めた方がいいよ、全部自分に返ってくるから。
そんなことをしておいてよく自分らが仏教団体なんて自称できるな。
どっちかというと創価学会は悪魔教が正しいんじゃないですか。



よく学会員が正宗を批判(というか誹謗中傷)するとき
必ずと言っていいほど
「広宣流布に邁進した創価学会員を破門した破和合僧の謗法」を集団と言って
宗門を非難するが
「破和合僧」ってのは五逆罪であって謗法ではないぞ。
学会員は何かにつけて御書根本と言っているが
これ、御書以前の問題だろ。
破和合僧は五逆罪であって謗法ではないぞ。
人をむやみにバカにしたりしてはいけないんだろうけど
申し訳ないがさすがにこれはね。


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■凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三宝一体なる故なり
                                (真言見聞142P)
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つまり法を謗るということは仏を謗ること、そして僧を謗ることなんだよ。
仏宝、そして僧宝を謗っているのは創価学会の方だろ。
戒壇の大御本尊を受持の対象にしないとか
大御本尊をただの物とか言ったり
それは池田センセや創価学会員の事だ。

僧宝に対する誹謗も日顕上人に対する数々の誹謗中傷を
見ればよくわかる。
酷いのになるとニセ写真を作って日顕上人を貶めようと画策する・・・。
話はそれるが正直に告白するとオレも日顕上人を悪者と思っていたが
あのニセ芸者写真を見せられた時は
「創価学会に騙された」と思ったね。
あの写真は非常に有名な写真だからね。
そして学会は間違っていると確信した決定打の一つになった。
表面的には人間主義を唱えて善人面を装っているが
結局のところ、裏ではとてつもない悪いことをやっている団体なのではないかと。
今まで数々の創価学会に関する悪いうわさがあった。
世間に渦巻いていた創価学会に対する批判を
学会は「嫉妬」や「学会の拡大を阻む魔の勢力」「広宣流布を阻む魔」と喧伝していたが
それらの学会批判は実を言うと学会が言うような「嫉妬」や「魔の勢力」ではなく
真実かそれに近いものだったと確信するに至ったわけだ。
まあ、もっとも学会や池田センセが言うような
「嫉妬」とか「魔の勢力」とかなんてあまり信用しなかったが・・・。

御法主を謗るという仏法上の罪はとりあえず置いといても
証拠を捏造して一個人を貶める…、これ人間としてやってはいけない事だろ。
仏法上の善悪やらなんやら以前の問題だ。
ニセ写真で敵対する人間と団体を貶め
組織的に会員に憎しみを駆り立てて呪いの題目を上げさせる・・・。
これが創価学会なんだと強く確信するに至ったのだ。
いわんや日顕上人は僧宝だ。
僧宝を軽視するどころかニセ写真を捏造して貶めにかかる。
それとは正反対に学会が言うほど
日顕宗(日蓮正宗)が悪い集団ではないのではないかといろいろ調べると
学会が言っていることがいかに信用できないことだと確信するに至ったわけだ。
それと同時に「日顕が学会や池田センセに嫉妬した」とかなんやらが
なんも証拠も根拠もないとわかった。
まっ、何度も言うけど創価学会が言う
「学会を批判するのは学会に嫉妬しているからだ」とか
そんなものはほとんど嘘だと思っていたがな。

閑話休題
で、たとえ日蓮正宗が五逆罪を犯したと仮定しても
五逆罪よりも


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■但し五逆の中に一逆を犯すものは無間に堕つと雖も一中劫を経て罪を尽くして浮かぶ、一戒をも犯さず道心堅固にして後世を願うと雖も法華に背きぬれば無間に堕ちて展転無数劫と見えたり、然れば即ち謗法は無量の五逆に過ぎたり
                                  (真言見聞142P)
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で、謗法の方がより一層罪が重い。
しかも創価の言うように
「日顕宗が広宣流布の指揮をとられる池田先生を破門にした」とか
「広宣流布に邁進する学会員を破門にした」とか
それも宗創関係史を双方の視点から調べるとどうも創価学会の言い分は通らんぞ。
むしろ破和合僧はイケダ創価学会の方だ。
北条文書、八尋文書で宗門の支配を画策し
それが果たせなければ宗門から独立しようとしていたのは創価学会じゃないですか。
これこそ僧俗分断しようとしていた「破和合僧」の決定的な証拠でしょ。

で、学会員は池田センセや学会首脳部が今までやってきた
数々のイケダ創価学会の本性や謗法行為を知らないか知って見ようとしなかったわけだ。
御本尊模刻、題目の商標登録、僧侶に対するリンチにつるし上げ…、教義逸脱・・・。
そんなものを法華講員や外部の人間に見せられても
「創価学会がそんなことするはずがない」「池田先生がそんなことするはずがない」と言って
耳をふさいでいたわけだ。
でもよぉ、冷静に考えれば学会がいう事って証拠がないんだよな、ほとんど。
例えば「日顕が池田センセに嫉妬した」とかがその代表格だ。
そんなもん池田センセが会内で吹聴しているだけだ。何の証拠もない。
で、逆に学会が今までやってきた謗法行為を客観的に証明するものは多い。
ちゃんと御本尊模刻の証拠写真も残っているし、ニセ芸者写真の捏造の証拠もちゃんとある。
題目を商標登録した証拠写真も見たし、北条文書、八尋文書も見た。
学会がやらかしてきた数々の謗法行為の方が客観的証拠が多いのだ。

しかしなんか話が逸れまくってしまったな(笑)
なんの話だっけ?
あっ、そうそう破和合僧は謗法でなく五逆罪という話だったな。
こんな謗法の意味を知らない、五逆罪の意味を知らないなど
御書根本が聞いてあきれるぜ。御書根本以前の問題だぜ、これ。
一体どの口が御書根本なんて言えるんだ。
まっ、だからと言ってバカにしたりするのは下品だからしないけどな。




学会員がいわゆる「日顕宗」を批判するとき
必ずといっていいほど
日顕法主は血脈を詐称したというが
冷静に宗創関係史を年表にしてみな。
学会員が日顕上人が血脈を詐称して法主の座に登座したと主張するのは
1979年のことだ。
で、創価学会が日蓮正宗から破門されたのは1991年のことだ。
この間の12年間学会はどうしていたのか。
日顕上人が血脈を詐称しているニセ法主なら
少なくとも日顕上人登座から破門までの12年間、
創価学会は血脈の通っていないニセ仏法を流布していたことになる。

血脈の通っていないニセ仏法を流布する……、これって謗法にならないかい?
少なくとも胸を張って広宣流布しましたなんて言えないよね。
学会が主張していることは万事この調子。
昨日ブログで書いた原田会長の件しかり。
冷静に考えたら計算が合わないことばっかりだ。
そもそも一番最初に日顕上人の血脈に疑難をふっかけたのは
五十二年路線をきっかけに反学会色を鮮明にする正信会だ。
その正信会のメンバーでさえ日顕上人が登座した当初は
血脈に対して疑難を行っていない。
血脈に対して疑難を主張しだすのは
日達上人時代に起こった五十二年路線が学会側の謝罪で終結した後も
日顕上人が学会を守るため学会批判を繰り返していた正信会僧侶を処分してからだ。
自分たちが処分されたら急に血脈に対して疑難をふっかける……。
では学会の日顕上人の血脈に対する主張はというと
実を言うと池田センセがちゃんと日顕上人の血脈を認めているのだ。
まあ、ただの信徒が唯受一人血脈を認める認めないなどは不敬の極みなんだが
日顕上人の血脈相承されていることを池田センセの自著ではっきりと書いている事は確かだ。


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◆日蓮正宗創価学会の根本中の根本は、一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊であることはいうまでもない。しかもその大御本尊は、日蓮正宗に厳然とおわします。そして宗祖日蓮大聖人より第二祖日興上人、第三祖日目上人と代々の御法主上人猊下が法水瀉瓶・血脈相承され、現在は、第六十七世日顕上人猊下に、一切受け継がれているのである。ゆえに私どもは、日顕上人猊下の御指南を拝しつつ、正宗の伝統と法義をふまえながら、勇んでそれぞれの国で、それぞれの地域で、信心向上のための教学を研鑚し、大いに広宣流布に邁進していただきたい。
                      (広布と人生を語る第一巻131P-132P)
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◆時あたかも本門戒壇の大御本尊、並びに法灯連綿たる日蓮正宗の根本義たる唯受一人の血脈を否定せんとする愚人の徒輩が、狂い叫ぶように悪口雑言のかぎりをあびせておりますが、我らは、猊下の御指南を体して、ゆうゆうとそれらを乗り越えながら、広宣の誓いをはたし、もって歴史に厳と輝く青史をつくりあげたいと念願するものであります。
                        (広布と人生を語る第二巻57P-58P)
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とはっきり言っているのにいつからか日顕上人の血脈を否定しにかかっている。
これは正信会と同じで自分たちが謗法を犯したせいで破門処分になったのに
破門になったら急に日顕上人の血脈に対して疑難をふっかける。
これは謗法者のやることは結局は同じようなことを証明しているようなもんだ。
そもそも血脈相承というのは御法主上人と次期御法主上人との両者の間でなされるもので、
その他の僧侶も、ましてや在家信徒はその深秘の一分すら窺い知ることはできない。
もちろん池田センセも創価学会首脳部も知らないだろ。
よって血脈相承について「客観的証明がない」などと
言い出すこと自体ばかげた話で不敬の極みだ。
唯受一人の血脈を否定したい人間は日蓮正宗をどうしても否定したい人間なので
仮に「客観的証明」とやらがあったとしてもいろいろ難癖をつけてくるにきまってる。


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■日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主この法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と云うは是なり、就中わが門弟等此の状を守るべきなり。
                                  日蓮在御判
                                  血脈の次第 日蓮日興
                                (身延相承書1600P)


■釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す、身延山久遠寺の別当たるべきなり、背く在家出家どもの輩は非法の衆たるべきなり。
                                  武州池上
                                  日蓮在御判 
                                (池上相承書1600P)


■此の血脈並に本尊の大事は日蓮嫡嫡座主伝法の書・塔中相承の禀承唯授一人の血脈なり、相構え相構え秘す可し秘す可し伝うべし法華本門宗血脈相承畢んぬ
                                 (本因妙抄877P)


■此の相承は日蓮嫡々一人の口決・唯授一人の秘伝なり神妙神妙とのたまいて留め畢んぬ
                                 (産湯相承事880P)


■上首已下並に末弟等異論無く尽未来際に至るまで予が存日の如く日興嫡々付法の上人を以て惣貫首と仰ぐ可き者なり
                                 (百六箇抄869P)
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学会は否定したいけどオレが持っている2003年第229刷の御書に
はちゃんとそうあるんだよ。
まっ、とにもかくにももしこの血脈相承が日顕上人になされていなければすでに書いた通り
日蓮正宗にいた12年間創価学会はニセ仏法の下で
信行学を実践しコツコツと謗法を積んでいたわけになる(笑)
学会員さんはちゃんと冷静に年表見てから疑義を表明したほうがいいじゃないですか?



あんまり他人のブログにツッコミを入れたり論評したりするなど
品のないマネはしたくないんだが
前日のオレのブログに関連してひとつだけどうしても言ってきたいことがあってね。
件の鳥雄さん(=トリオ=三人組)のブログをよく見てんだけど
どうも納得できないんだよな、この人たちの言っている事って。
創価学会の誤りから必死に池田センセをはずそうとしているようで
そのためになんでこんな簡単なこともわからんのかねぇと思うことが
出てくるんだよな。
件の鳥雄さんは創価学会の腐敗は原田会長以下執行部にあると
思っているらしい。
そしてその原田会長を天魔呼ばわりしている。
原田会長は「師弟の精神」を失っていて「権力の魔性」とやらに食い破られているらしい(笑)
うる覚えで申し訳ないが原田会長が会長就任時に中継ぎの秋谷会長と違って
本門の弟子という触れ込みで登場したという覚えがある。
でも、この俺のあいまいな記憶よりももっと確実なことがある。
それは原田会長を選んだのは池田センセじゃね?ということだ。
池田センセは天魔を会長に選んだわけだ(笑)
学生部で活動していた時、よく会内で聞いたのは
「池田センセは何でもお見通しだ」という言葉だ。
「人間レントゲン」と言っている活動家もいたほどだ。
これが事実なら原田会長の「天魔」の命や「権力の魔性」に食い破られる命を
見抜いていながら原田氏を会長に選んだというわけだ。
ということは原田会長が悪い奴と知った上で選んだ、とんだタヌキというわけだ。
それとも実際は全く何も見抜けない、スカスカの節穴だったのか。
件の鳥雄さんは


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■仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲がれば影ななめなり  
                         (諸経と法華経と難易の事992P)
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の御文をひいて
「現執行部の過ちは彼らの仏法が間違っているから」らしいが
オレから言わせれば池田センセこそが仏法の体を曲げたんだろ。
なにせ池田センセは戒壇の大御本尊をただのモノ呼ばわりするような人間だ。
創価学会員を戒壇の大御本尊から引き離した張本人でもある。
どう考えても池田センセは極大謗法者だ。
そんな池田センセに連なる連中も連なりたい連中も
両者共々謗法者に相違ない。
なんの理証文証もなしに池田センセを
仏法上の師弟義とは関係ない世法の師弟論を持ち出して師匠とすること自体
大いに仏法に違背しているんだよ。

しかしまあ、創価学会の過ちから池田センセを必死に外そうとするのが痛々しいな。
もう言っちゃえよ、すべて池田センセが間違ってましたってね。
そう言っちゃった方が全てがうまく説明できるぜ。全て道理に合うよ。
まっ、他人のブログにイチャモンつけたり論評したりすることは
あまりやりたくないことなのでもう論評しないよ。
じゃあこの辺で。



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