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今の段階で詳細は言えないが
先日日蓮正宗のお寺をご訪問させていただいた。
以前このブログのコメントで
とある法華講員の方からアドバイスをいただいて
それが一押しと相成ったわけですわ。
アンチ創価ブログを始めて二か月・・・。
こんなに早く日蓮正宗寺院に
ご訪問させていただくことになるとは思わなかった。
これで学会側から見ればいわゆる
「退転者」「裏切り者」になる日も近いと感じるね。

退転者かあ・・・(笑)
創価学会を抜ける人間を退転者、裏切者呼ばわりして
学会は激しい攻撃を加えてきたわけなんだが
以前から・・・子供の時分から
疑問に抱いていたことの一つがこれ。
子供の頃、毎日読んでいる聖教新聞紙上で
学会を抜けた人間を裏切り者呼ばわりして口汚く罵っていた。
組織を抜けたものを裏切者呼ばわりして
攻撃を加えてくるような組織って
オレが知る限り創価学会以外では
日本のヤクザか外国のマフィアぐらいしか思い浮かばんぞ(笑)
他にある?そんな組織。
近年話題になっているブラック企業でもそんなことせんわ。
少なくとも真っ当な集団であれば
例え揉めに揉めた挙句組織を抜けたとしても
ちょこっと悪口言うだけだけやろ。
それを大々的に機関誌で口撃を加え
憎しみを前面に押し出して撲滅を祈念する。
そんな集団なかなかないぞ。
完璧にキ印集団だろ。
それにそもそも退転者は創価の方だろ。
学会は


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善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし
                                    (開目抄下p232)
============================================


の御金言を利用して学会から離れると不幸になると
会員を脅していたけど
法華経(=戒壇の大御本尊)から離れたのは
そりゃ創価の方だ。
戒壇の大御本尊を「ただの物」と言い切る池田センセについていき
そしてついには「大御本尊を受持の対象にはしない」と
言い切る学会から抜けようとしない学会員の方だ。
戒壇の大御本尊を裏切ったのは学会員の方だ。
大聖人を裏切ったのは学会員の方だ。
御本仏を裏切ったのは学会員の方だ。
学会員はご本仏を裏切る怖さを知らんのか。
オレは正直怖いわ。
学会をやめたらいろいろ波紋が広がることは必定だが
仮にたかだか凡夫の集まりの創価学会を怒らせて攻撃されても
御本仏を怒らせて無間地獄に行くより断然ましだわ。
何かされたらそん時はそん時じゃい。
学会員のみなさーん。
戒壇の大御本尊を捨てるのは
いかなる理由があろうとも地獄の業ですよ。
創価学会による嫌がらせよりも仏罰の方がずっと怖いです。
創価学会による嫌がらせよりも仏罰の方がずっと苦しいです。
学会員の皆さんの目的はなんですか。
池田センセをはじめとする創価学会首脳部の犠牲になりたくてなりたくて
仕方がないからこの世に生まれてきたのですか。
違うでしょ。幸せになりたくて生まれてきたのでしょ。
幸せになりたいから仕事に学業に頑張っているんですよね。
幸せになりたいから信心を頑張っているんですよね。
正法に背く創価学会で努力すればするほど罪障を積み不幸になります。
戒壇の大御本尊を捨てたその先には
どれほど努力しようが無間地獄しか待っていませんよ。
同じ努力するなら大御本尊の元で信心を励みましょうよ。
いろいろ事情はあろうかと思います。
私もいろいろあります。
しかしできる限り早く勇気を振り絞って
創価学会をやめて日蓮正宗に帰依しましょう。
正法正義は日蓮正宗にしかございません。
そして日蓮正宗大石寺の奉安堂にご安置されている
本門戒壇の大御本尊様にお目通りいたしましょう。
わたくしもできるだけ早く極大謗法団体創価学会から足を洗います。
皆さんも大御本尊のもとで一緒に一生成仏をめざしましょうね




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学会の会合に出なくなって久しいが
オレが出た地元男子部の会合を思い出すと
まあオレが活動していた学生部でもだが
仏道修行のブの字もない会合だった。
週に一回会館で部の会合があるんだが
やることといったら
まず勤行してその後出席した人全員が
近況報告してお終い、以上だ。
まあそのあともちろん五分ぐらい幹部挨拶等あるんだけど
聞くに堪えんものだったな。
仏教的な話で池田センセがやってきた闘争やらなんやらの
軌跡…特に大阪の戦いは幹部からよう聞かされたわ。
池田センセに興味がないというか嫌いなオレにとっては
「へぇ、それはすごかったんですねぇ。」
「早く帰りてぇ。」ぐらいの反応だった。
そのあと三唱にて会合終了と相成りまして・・・。
結局これが仏道修行かと疑問に思い
オレが御書を勉強しようと思う一因となったわけですわ。
要するに正しい仏道修行とは何ぞや
日蓮大聖人がおおせの仏道修行とはなんぞやという疑問がわいてきて
その答えを御書に求めたわけよね。
で、御書を読めば当然学会活動が仏道修行なんて書いてない。
御書を拝せば俺が学会に対して持っていた疑問に見事にこたえてくれる。
あれ、おかしいぞってね。

おぉっと話がそれた(笑)
で、もう一つこれも毎週なんだが
一週間の活動報告と決意発表の場を圏で設けていたな。
何するかというとみんなひとりひとり
「この一週間こんな闘いをしてきましたよ」というのと
「次の一週間これだけ頑張りまーす」と発表してそれに対して
見聞きしている聴衆がパチパチパチと拍手してそれが会合のメインになる。
パーッと活動家みんなで盛り上がって簡単に言えば「祭り」だな。
で、最後はやっぱり幹部指導、三唱でお終いだ。
結局何したいかさっぱりわからんようになってな。
で、あほしいなって会合いくのやめた。
幹部指導ももう御書の一節すら引用しなくなってしもうたからなあ。
ただひたすら池田センセの、特に人間革命からしか
幹部指導のために引用しなくなった。
ほんっと御書のたった一節でも引用する幹部を見かけなくなったわ。
オレが学生部幹部の頃は会合では
御書は必ず引けと上役幹部から言われたけどなあ。
20代前半のガキンチョよりもレベル低いやんけ、うちの地元男子部は。
結局のところ創価学会には仏法、特に大聖人仏法なんてなかったんだと。
こんな組織から去ってよかったわ。
オレが信行学を真剣に実践したいのは
大聖人仏法であって大聖人仏法と全く関係ない「学会活動」なんかじゃねぇの(怒)




創価学会のあやまちに気づいてちょっと経過した頃
家庭訪問してくれた幹部に
「もう二度と学会活動しません」と宣言したところ
その幹部活動家は
「えぇ?何か人間関係が原因なんッスか」と問われたが
「いや違いますよ、創価学会の教義が誤っていると確信したんです」と答えたが
よくよく考えると創価学会の中で確かに嫌いなヤツがいた。
学会が嫌いになる原因となった奴だ。
その名前は「池田大作」、そう池田センセだ。
学会内部では池田先生と呼ばれているが
池田大作氏を嫌いだからといって呼び捨てにするのは品がなさすぎるし
かといって池田大作氏に心服しているわけでもないから
「池田先生」と敬称付きで呼ぶのも違和感ありありなので
ぎりぎり妥協してこのブログでは池田センセとすることにした。

で、その池田センセをオレは生まれて
一度も好きになったことがない。
ぶっちゃけ生理的に受け付けないんだよね、あの人。
気味悪いんだよ、なんでだろうね。
もちろん会ったことも話したこともなかったけど。
で、教学力が全くなかった活動家時分は
何度あの人を師匠と思おうとしたことか。
でも無理やり池田センセを師匠と
思おうとしても思えなかったんだよな。
昔から池田センセが嫌いで嫌いで活動家時代は地獄だったな。
幹部活動家だったから部員さんに指導(笑)する時とか
要するに折伏したりいわゆる法戦でF取りしたりすることが
池田センセのためになると思うと強烈な不快感に襲われてなあ。
しかしそういった不快感を感じながらも
創価イコール日蓮大聖人の教えであり
御書に日蓮大聖人が御書で認めてある通り
師弟が大事でその師匠は池田センセしかいないと思っていたので
活動家時分は「池田先生はこう言った」とか
「池田先生に応えていこう」とか
思ってもいないことを部員さんに言ってたな。
(部員の皆さん、ほんとにごめんなさい。
しかしまあそれなのによくやったなと思うよ、ほんとに)
しかし池田センセに対してどうしても
ある疑念が払しょくできなかったね。
ある疑念というのは結局のところ池田センセは
聖教新聞や彼が描いた著作の中で書かれている
綺麗事なんて全く思ってなくて実を言うと
池田センセの目的は金と権力なんだという疑念だ。
学会活動をすることはその池田センセの不純な野望に
ほんの少しでも手を貸してしまうことだと思っていたからね。
やれ「池田先生が世界的権威の誰それと対談した」だの
やれ「池田先生がどこそこから勲章をもらった」だのと
聖教新聞では一面で華々しく謳っていたが
その一方で我が国においては
創価の評判が非常に悪いということを知っていたので
綺麗事を述べてもそれは表向きで
結局日本の中でカネと権力を握りたいんだと。
で、学会活動で成果を上げるという事は
そのイケダ創価学会にほんの少しでも
力を与えてしまうことなんだと。
会員向けの表では綺麗な部分しか教えないが、
裏では何をやっているかわからないイケダ創価に
加担してしまうのではないかという疑念の中で
学生時代はずっと活動を続けていたわけだ。
正直、苦痛でしかなかったね(笑)
でもねぇ、根源の師は日蓮大聖人であると気づいてからは
やっと池田センセの呪縛から少しは解放された気分だったよ。



これからオレの親を日蓮正宗に帰依させるため
いろいろ話を進めていかんとあかんからな。
いろいろそれに伴うギャーギャーを考えれば
正直気が重いわ。
ゲンナリするよorz
親兄弟の言い分を聞くと同じ事ばっかし言って
学会を擁護しているからな。
反論になってないんだよ。
反論できないことは話題をそらすし(笑)
ほんとに親兄弟を折伏できんのかよってときどき思う。
でもオレの親やからね。
断固やっていかなきゃいけないんだけどね。


昨日オレの家族から連絡があり、
ひょんなことから
久々に宗門と学会のどちらが正しいか
言い争いになった。
いろいろ言っていたが
創価学会が正しいという理由の一つが
「昔、大聖人(日蓮正宗)の仏法を
日本国中、いや世界中に広宣流布した」というものだった。
そしてそれと同時に
「その世界中に広宣流布に邁進していた創価学会を
破門した日蓮正宗、特に日顕法主は悪」という論法だ。
確かに末端会員の多くは大聖人の仏法を純粋に信じて
広宣流布していたのかもしれない。
しかしオレは創価執行部、なかんずく池田センセの
謗法行為を知ってしまったので
創価執行部、池田センセが
大聖人仏法(=一大秘法の大御本尊)を広宣流布しようと
純粋に思っているなんかこれっぽっちも思えない。
オレが今まで隠されてきた池田センセの謗法行為を証明する
客観的証拠を家族に提示しているにもかかわらず
それでもイケダ創価を正当化しようと必死なのは
何とも痛々しいな。

イケダ創価とはなんなのか。
創価の一側面を例えるならトップ中のトップ営業マンだ。
しかしむちゃくちゃに会社の商品を売りまくる反面
社内ではセクハラパワハラ経費の私的流用等やりたい放題で
しかも子飼いを経営陣につくのでなくオレにつけという。
経営陣にたてつくばかりか
いつしか会社を乗っ取ろうと野心を抱いている・・・
しかも内緒で自社製品を勝手に作って配り始める。
そんな危険人物を当然会社としては放置しておくことはできない。
創価という超優秀な営業マンをクビにすることで
受ける損害を天秤にかけながら悩む経営陣。
一、二度は注意されたら謝ったので許されたが
真に反省などせず前回前々回と同じことを繰り返し
公然と経営陣批判を繰り返したことをきっかけとし
過去の行状も合わせてもはや改善の余地なしとクビにされた。
クビにされたら過去の悪行を棚に上げて
オレが会社を大きくしてやった
オレが会社にどれくらい利益をもたらしてやったと
思ってるんだとかそれなのにクビにしやがったと喚き散らしている。
そしてその眷属たちもそれに同調して
元の会社に対して破壊工作を繰り返している・・・そんな感じだ。
例え過去に優れた業績を上げたとしても
会社の秩序を乱したり反社会的行為をしたらあかんやろ。
仕事ができようができまいが一線を超えたらだめでしょ。
もちろん仕事ができることはいい事だ。
でのねぇ、やってはいけないことはやってはいけないんだよ。
時々にいるんだよな、仕事ができれば何したって許されると勘違いしてるやつ。
イケダ創価というのはそういう勘違い野郎なのだ。



オレが学会活動に精を出していた学生部。
創価学会の中ではちょっと特殊な「部」になる。
学会組織で言えば四者と呼ばれる
壮婦男女の各部の枠にすら入っていない。
四者とはあんまり絡まないので
四者は学生部が何しているのか知らんと思うし
学生部員も四者が何しているか知らんと思う。
もっとも親兄弟から話を聞いている人もいると思うがね。
でも、一緒に活動したことはほとんどなかった。

で、その学生部だが、基本的には四者と同じことをしている。
ないのは金が絡むこと、財務と新聞啓蒙がないくらいかな。
少なくともオレが活動した時代の、オレがいた地域ではなかった。
これは断言できる。
学生部の活動は四者とは基本同じことをしているんだが
学生部の戦いと称する場は二か所あって
ラインは通っている大学は違っていても
同一地域に住んでいる学生らが集まった組織で
学生部の活動はこっちがメインとなる。
これは四者と同じ。
もう一つは学内部と言って
住んでいる地域は違っていても
同じ大学に通う学生が集まった組織になる。

で、この学内部の活動は何するかと
学内の広宣流布の名のもとに
学校内で折伏したりするんだが
学内の戦いのメインとなるのが大学祭だ。
大学によって異なるが年に一回か二回大学祭が催されるので
その大学祭を利用して学会を宣伝するための
例えば展示を行ったりするんだが
当然大学内で活動するから
大学当局に正式に認められたサークルを作って
活動するわけだがそのサークルの名前は学会色は出せない。
出したら大学に対するサークルの申請は通らんからね。
で、どういう名前にするかと言えば
例えば創価大学にある「東洋哲学研究所」から拝借して
東洋哲学研究会と名付けたり
学会系出版社の第三文明社から「第三文明研究会」という
名前で活動している大学が多かった。
よくある名前を二、三言えば
生命哲学研究会とか
東洋思想研究会とか
全国的にもこの名前で活動している大学が多い。
標語は「平和、教育、文化」が多かった(笑)
ちなみにオレが通っていた大学は
東洋哲学研究会の名前で活動していたな。
名前がダサすぎて大学主催の
サークル責任者会議に出席するのが恥ずかしかった思い出がある。

オレが通っていた大学というのは
あんまり賢い奴がいなかったので(笑)
哲学を研究したいとかいう殊勝な奴なんていなかったから
一般学生とかあんまり近寄ってこなかった。

なんでこんな記事を書こうかと思ったのは
大学によっては年二回の大学祭があって
一回目の大学祭の開催がこの時期から増え始めるから
警告の意味で書こうと思った。

特に大学新入生のみなさ~ん、東洋哲学を謳ったりしているところは
基本的に創価学会学生部の隠れ蓑ですよ~。
気をつけてくださいね~。
創価学会をはじめとするカルト宗教団体が
表向きはマジメな団体を装って
勧誘してきますので怪しいサークルには近づかないようにね~。




オレが家族にイケダ創価学会に騙されていると言うと
「少人数なら騙すこともできるかもしれないが
あんなに大多数の人間をだませるか
あんなに多くの人間が騙されるはずはない」と言うんだな。
もっともらしい意見だが、実際圧倒的大多数の人間が
たった一人の独裁者に魅了されて
騙された例なんて歴史上数多くある。
ちょっと世法の近現代を振り返ってみても
ヒトラー、スターリン、毛沢東を筆頭にポルポト、チェ・ゲバラ等
国民から圧倒的に支持された。
今では悪人呼ばわりされているが
彼らが登場した当時は相当のカリスマ性や最新の思想を持って
多くの人間を引き付け時代を動かしていったけど
結局最終的には国家国民を
不幸のどん底に貶めた例なんて簡単に見つかる。
国内の宗教の教祖様に目を向けても同じだ。
法の華三法行の福永法源、オウムの浅原、エルカンターレの大川…。
オレからすればお笑い芸人なんだが
信じている者からすれば魅力ある人物なんだろうと思う。
オウムの浅原に至っては死刑判決が出た今でも
いまだ信奉者がいるらしいやないか。
しかも信者数が今も増加傾向にある。
実際に多くの人間が多くのカルト宗教に騙されているわけだ。
ある人にとっては日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ
日蓮正宗帰伏を希望しているオレも騙されているというかもしれない。
実際に騙されているとは書いていなかったが
過去にそれっぽいコメントをもらったこともある。
(まあ、そこが宗教を信じることの難しいとこなんだよな。)
大御本尊唯受一人の血脈なんて現代科学では証明できないし
あの曼荼羅に祈りをささげたら願いがかなうとか
一生成仏できるとか大聖人の御内証なんて
科学合理主義が強い現代の世の中ではなかなか信じられないでしょうよ。
しかしそれでもオレは信仰を志向しないと生きていけないんだよね。
人によってはそれを依存と呼ぶかもしれないけど。


話が飛びに飛んだな(笑)
で、結局信じている人間が多いから正しいとか
逆に正しいから多くの人間に支持されるなんてのは
現実問題チャンチャラおかしい考えだ。
信じる人間の多さは正しさの証明にはならない。
人数が多い宗教が正しい宗教なら
世界で最も多いのはキリスト教だ。
創価学会ではない。
今一番教勢を拡大している宗教はイスラム教だ。
それも創価学会ではない。
しかし学会員からすればキリスト教徒、イスラム教徒は
キリスト、イスラムに騙されていると思うはずだ。
それとも学会員はキリスト教、イスラム教を正しい宗教と認めるのか。
さすがにそれはないだろ。
結局のところ多くの人も騙されるときは騙されてしまうね。
オレも大聖人仏法が万人に対して
絶対的に正しいなんて示せないよ。
仏法ってのは


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□諸仏智慧 甚深無量 其智慧門 難解難入 一切声聞 辟支仏
                                  (妙法蓮華経第二)
===========================================


だから以信得入なんだもんね。
もう最終的には信じるしかないよ。
でもこれだけは確実に言えることがある。
それは大聖人をご本仏と信じるなら
「創価学会は絶対に間違っている。」
ということだ。





学会員はあの御本尊の相貌を
日蓮大聖人の「たましひ」と思っているようだ。
学会員が御本尊を語る時あの有名な


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「日蓮がたましひをすみに染め流して書きて候ぞ、信じ給へ」
                                (経王殿御返事1124P)
============================================


の御文を必ず出してくる。
でもね、あの相貌が「日蓮がたましひ」ではないんだよ。
「日蓮がたましひ」というのは
大聖人の心法なんだよ。
当然この心法を唯受一人血脈相承で受け継いでいる
日蓮正宗の御法主上人しか書写できない。
それを大聖人の心法を受け継いでいない
ただの在家が書き写すことなんかできやしない。
原田会長や池田センセが大聖人の心法を
当然受け継いでいるわけもなく
大聖人の心法を受け継いでいない池田センセや原田会長が
大聖人の心法を書き写すことなんてできないよ。
創価学会本部にある本尊コピー機でプリントアウトすれば
あの相貌をした紙に大聖人の心法が自然と宿るってのかい。
あんまりいい加減なことばっか言うんじゃないぞ。
そもそも何の仏法上の権能があって
原田会長やらが本尊を認定できんのかいね。
あるいは池田センセが認めることができるのか。
そもそも認定って何よ(笑)
本尊を認定って国家資格、
あるいは民間資格の認定みたいなものと勘違いしているのかな。
うちの親も池田センセが書写しても
全く問題ないと強弁しているしな。
しかもその一方で学会幹部は
「日蓮がたましひをすみに染め流して書きて候ぞ」の
御金言を引用して御本尊を写真に撮ったりしないよう
会員に指導していたりするが
全く本尊義も何もあったもんじゃないな。
しかもよくよく教義条項の改正に関しての原田会長の話を読んでみると
なんか創価学会という組織が本尊認定するみたいやん。
なにそれ?会議で認定するのか。
創価学会という組織がどうやって本尊を認定するんだよ。
しかもあの相貌をしていれば本門の本尊たりえるのであれば
身延のお土産御本尊でも買えばいい。
ネットでも販売している。
それこそデジカメで撮影してそれをプリントアウトすればいい。
なんでわざわざ創価学会や原田会長、
池田センセが本尊認定しなければいけないのか。


============================================
本尊とは法華経の行者の一身の当体なり
                                   (御義口伝760P)
============================================


とあるように御本尊イコール大聖人だ。
その御本尊がたくさんあるわけがない。
正しい御本尊は唯一、一大秘法の大御本尊だけ。
それが分身散体の法理によって
本門戒壇の大御本尊の分身として
各家庭に御形木御本尊として下付されるだけだ。
その根本の一大秘法の大御本尊を受持の対象にはしないと
創価ははっきり言い切っている。
あの相貌をしていれば本尊はみんな同じなわけない。
学会員で怖いのはここなんだよなあ。
とにもかくにもあの相貌をした紙に
南無妙法蓮華経と唱えれば
それで良しとしているのがねぇ。


============================================
□それ本尊とは所縁の境なり・境能く智を発し亦行を導く、故に境若し正しからざれば智行も亦随って正しからず。妙楽大師謂える有り「仮使発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳猶多し・若し正境に非ずんば縦い偽妄無きも亦種と成らず」等云々、故に須らく本尊を簡んで以て信行を励むべし
                                     (文底秘沈抄)
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純粋に信心するのはいいけど
純粋に信心するなら正しい対境に縁して
信行に励みましょう。
創価学会の本尊(=所縁の境)は正しからざる境だよ。
正しくない境(本尊)に祈っても不幸になるだけですよー。





以前もらったコメントの返事を返信欄に書くのは多少長いので
この記事で書いてみたいと思います。


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>戸田会長の指導集を買って現在の学会の脱線ぶりの文証にして用いようと思うのですが、末端会員と幹部(又は教宣部?)の思考としてそれはなかった事になってるのでしょうか?是非教えて頂きたいです。
末端会員と幹部(又は教宣部?)の思考としてそれはなかった事になってるのでしょうか?是非教えて頂きたいです。
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結論から申し上げれば創価学会が信仰しているのは
ズバリ創価学会という組織です。
決して日蓮大聖人様なんか信じてません。
自分たちが正しいという権威づけにまたは自分たちに都合がいいように
日蓮大聖人の御書を切り文的に
引用しているだけで大聖人仰せの通りに
仏道修行をしようとなんか考えていないです。
日頃の学会活動もほとんどが惰性でやっているだけ
日常のルーチンをこなしているだけ
それが今の創価です。


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>学会仏とやらについて会員がどう思ってるか予習しようと、学会ブログ巡りしてこのブログに辿り着きました
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創価学会が愚かにも勝手に学会が創価学会仏という仏様を
つくりあげてしまったことは知っていますが
もう学会活動を全くせず、聖教新聞も全く読んでいないので
今、創価学会総体が創価学会仏について
どのように位置づけしているかは全くもって存じ上げません。
でも、私を家庭訪問してくれた学会幹部の(個人的な)話を鑑みると
大変喜んでいましたね(笑)
元々自らを仏と勘違いしていますからね。
で、なぜ自身を仏と勘違いするのかというと
確かに一切衆生には仏性があること、
十界論においてこれは疑う余地がありませんね。
でもその自身の中に仏性があるということと事実の上での仏とは
当然違いますよね。
常識で考えて我々は末法の荒凡夫であって仏様ではありません。
しかしですね、イケダ創価学会が学会員をよいしょして
喜ばせようとするためかどうかは知りませんが
自分自身が仏様ということをイケダ創価学会は以前から盛んに喧伝していました。
それにコロッと騙されたんでしょうね。
だから学会員は自分自身が仏様だと信じて疑わない。
そういう精神的思想的土壌を池田創価学会は時間をかけてつくりあげたんですね。
その思想的土壌に創価学会仏という奇怪な仏様が
去年、学会の表に登場と相成ったわけですよ。
御書根本とか言いながら文証なんて全くなしですがね。
学会の説明によれば未来において創価学会が
仏の記別を受けるかもしれないという
戸田会長の指導があったらしいですが
戸田会長の指導には全く出てきません。
少なくとも私が持っている戸田城聖全集には
全くそんな言葉は登場していません。
当然と言えば当然でしょうね。
戸田会長と言えばいろいろ賞罰はあったとはいえ
大御本尊信仰においては真っ直ぐな人ですから。
そんな迹仏をつくりあげるなんてマネはしませんよ。
一土一仏が原則だということはもちろんご存知ですよね。
大御本尊信仰が強かった戸田会長がそのようなことを言うわけがない。


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◇「大聖人に直結した
広宣流布遂行の和合僧団である創価学会は、
それ自体、仏そのものであり、
未来の経典には『創価学会仏』の名が
記されるであろう。」
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去年の会則改正は
三代会長の権威づけ、
創価学会の正当性の主張、
それだけであり、その根拠は何も示されずただ単に
「戸田会長がそう言っていた」
「池田センセがそう言っていた」と。
それすらも本当に言ったかどうかさえあやふやです。
で、そのような裏づけが取れない与太話を
聖教新聞一面に大々的に載せるのは
もはや頭破七分としか言えません。
そして組織信仰の強い学会員は愚かにも受け入れてしまっているんです。
バカバカしい学会の方針に疑問に思わない・・・
思っていても学会が正しいと無理やり思い直してしまう。
もう学会員は哀れとしか言いようがないですね。
もう学会にはそれしかないんですよ。
池田先生しかない、
いや、池田センセに対する信仰さえもないのかもしれない。
なぜなら池田センセが公の場に
全く姿を見せなくなって七年が過ぎています。
本当に池田センセを求めているなら
もうちょっと池田センセの身を心配してもいいと思いますが
周りからは池田センセの身を心配する声が全く聞こえてきません(笑)
まあ、私が学会活動を全くしていないからかもしれませんがね。

もはや学会が正しいと言っているから正しいという
完全な組織信仰に堕していますね。
後は学会の権威づけに三代会長を神格化するしかないんでしょう。
もはや創価学会には日蓮大聖人などどこにもない。
今回の会長指導に御書の引用が一ヶ所もないこと
これこそ今の創価学会を如実に物語っています。
御書根本でも何でもない。
単に学会という組織を信じている・・・。
バカバカしい限りです。


============================================
>戸田会長の指導集を買って現在の学会の脱線ぶりの文証にして用いようと思うのですが、末端会員と幹部(又は教宣部?)の思考としてそれはなかった事になってるのでしょうか?是非教えて頂きたいです。
============================================


そんな状況ですから当然学会総体が
過去の学会指導を勉強することはありません。
例えあったとしても今の創価学会に都合の悪い内容は
当然幹部の口からは出ないでしょう。
そして私の親はそんな学会を完全に信じ切ってしまっている。
なんとかして親を救っていかなければなりません。
危機感を持ってそう思います。




この間の本部職員三人組の著書の件で
学生部活動家の頃をちょいと思い出したんだが
学生部活動家の頃、上役幹部に学会本部職員が一名いた。
その人は関西の小中高学園出身者だったんだが
確かに偉そうだったわ(笑)
で、その人の話なんだが学会本部職員の採用試験って
一般企業の試験内容と全く変わらんらしいね。
つまり仮にも仏教団体、特に大聖人直結を謳いながら
その団体の採用試験では仏教や大聖人の話なんか全く出てこない。
これが学会本部の実態ってわけだ。
どうりで彼らのブログ著書等に書かれている
仏教の話はもちろんのこと大聖人の御書すら引用はほとんどされず
たまに引用する基礎的な仏教用語すらまともに理解されていないわけだ。
オレの学生部時代の本部職員だった人からも
池田センセの話ばかりであんまり御書の引用とか
仏教用語とか聞かれなかったね。
十云年前の話ですわ。
で、そんな連中が仏教団体を自称する団体の幹部になって
会員をどのように仏法上の指導していくつもりなのかな。
実際学会幹部の指導なんて
基本的には「題目をあげろ」としか言わんし言えないしな。
これだったら僧俗差別があったとしても宗門の方がいいよ。
宗門僧侶に対して「僧俗差別ダー」と誹謗するが
少なくとも宗門の僧侶はちゃんと厳しい仏道修業を経ているわけだ。
そもそも信行学全てにおいて宗門僧侶にかなうわけない。
なんぼ創価学会がある時期爆発的に日蓮正宗信徒を増やしたといってもだ。
あの折伏大行進に対してもいろいろ思うことがあるし。
あんな非常識かつ犯罪まがいのやり方で
「広宣流布をやりましたー」言われてもねぇ。
完全にチンピラのやってることやないかと
オレは折伏大行進の事をそう思ってる。
であれば厳しい修業を経て仏法を修め
常識的に折伏を進めていく
宗門僧侶に師事したほうが断然いい。
確かに中には威張った僧侶もいるだろう。
でもそれはお互い様で学会にも威張った幹部が結構いるよね。
学生部活動家の時威張り散らかした幹部に
イライラさせられたオレからすれば
自分の事を棚に上げてよくそんなこと言えるよなと思う。
件の鳥雄さんの著書にも威張りくさった本部職員が
ごろごろいるっていう話じゃないか。
宗門僧侶は折伏しないというのも
じゃあ学会の本部職員が折伏をバンバン決めていた
というのも寡聞にして聞かない。
極々少数いるかもしれないが全体としてはほとんどいないだろ。
実際オレの学生部時代のこの幹部も
折伏戦の時も実績を上げたという話を聞いたこともないし
法戦と称する選挙の時も
F取りを全然してこなかったことを覚えている。
この幹部がしたFはたった3票。
まっ、誤魔化さずに告白するところだけは正直でよろしい(笑)
オレが学生部幹部時代によく指導されたことは
「とにかく幹部が率先して動け」というものだった。
この本部職員幹部のどこが「幹部率先」なの?
とまあこれだけに限らず宗門に対するあらゆる誹謗はものの見事に
学会本部職員に返ってくるブーメランだったのだ(笑)



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