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いまだに大石寺がさびれていると信じている学会員がいるから困ったものだ。
オレが創価学会の間違いを指摘し、日蓮正宗の方が正しいというと
相も変わらず「大石寺はボロボロだー」とか「野犬がうろうろしているー」とか
そんなデマを信じている。
そもそも仮に大石寺がボロボロであっても
オレからすれば「だから?」としか思わない。
宗教は正邪だ。
いくら建物が御立派でも邪な本尊を拝んでいては無間地獄確定だ。
大石寺がさびれているから大石寺は間違いなのか。
学会員が自慢げに言うように日蓮正宗が爆発的に大きくなったのは
確かに戦後多くの学会員が死身弘法の大折伏戦を展開したからだ。
その前の創価学会会長牧口会長や戸田会長が
入信した当時は確かに非常に小さな宗派だった。
では、牧口、戸田両会長が日蓮正宗が大きな宗派だからと入信したのか。
日蓮正宗のお寺が立派だから日蓮正宗入信したのか。それは違うだろ。
牧口、戸田両会長が日蓮正宗の教義、
就中戒壇の大御本尊が絶対に正しいと確信の上で
日蓮正宗に帰依し大御本尊を広め、
そして日蓮正宗信徒として一生涯を終えられただろうが。
大石寺がボロボロだから日蓮正宗は邪教だとか
宗教にとっては些末なことを取り上げてさもそれが重要なように
学会本部は宣伝して会員をだましているんだよな。
お寺の建物云々を言って宗教の正邪を見誤るのは愚か極まりないぞ。
それは一生涯かけて大石寺を外護し
日蓮正宗を大きくし大御本尊を広められた両会長に対して失礼にもなるんだぞ。
もし仮に日蓮正宗のお寺が全て豪華なお寺ばっかりだったら
今度は「信徒から金を搾取してお寺ばっかり立派にしているー」と
ケチをつけてくるだろうな(笑)

本当に大石寺がボロボロかどうかなんてインターネットがあるんだから
直接いかなくともちょちょいのちょいと検索にかければいいじゃない?
別にネット上の情報を鵜呑みにしろとは言わんが
少なくともたまには聖教新聞や創価新報以外にも
触れてみたらどうかね。



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このところ参詣できる限り正宗寺院に参詣させていただいているが
それができない場合が多いオレは何とか遥拝勤行をさせていただいている。
遥拝勤行ではあるがそれでも五座三座の勤行は気持ちがいい。
この五座三座の勤行、オレが小さいころヒーヒーフーフー言いながらやった覚えがある。
二座の長行ではいつも同じところで詰まってしまったりと当時を振り返れば懐かしい限りだ。
その後あまりにも五座三座の勤行が長すぎて学生部で
活動家になるまではお題目だけで勤行をやらなくなってしまった。
平成十六年か。方便品自我偈になったのは。
その時ちょうど学生部活動家だったのだが
勤行の意義を知らないオレは愚かにも
「なんだ、勤行が短くなったのか、そりゃ楽になったな」と思っていたのだが
その後学会に対して疑問を抱いていろいろ調べていくうちに
そのようなインスタント勤行は懈怠謗法と判明した。
その時に上の学会幹部から聞かされたのが
「戸田先生は方便品自我偈でいいとおっしゃっていた。しかし、ボウズが五座三座の勤行をするからそれに対抗してやっていただけだ。本来は方便品自我偈だけでいいと戸田先生がおっしゃっていたと池田先生がおっしゃっていた。」だった。
今思えばおかしいことだらけだが
当時は二十代に突入したてのオレは
おケツにまだ蒙古斑が青々としていた頃だったのでコロッと騙されたわ。
まあ今もケツが青いがな(笑)
あれから十三年余りたったがあの時の先輩幹部の言葉が忘れられない。
ちなみにこれはオレが先輩幹部から聞いた言葉で学会の公式の指導ではない。
公式では「海外の会員には難しいから」だったかな。
その後戸田会長が


============================================
◇もしも、東大病院で、朝の六時から七時までのあいだにきて、一時間、注射をすれば、かならず金持ちになるという薬が発明されたとしたならば、みんな朝早く起きて行くだろう。そしてもう、一時間でも二時間でも待って、注射してもらうだろう。そして、一年間やったら何十万でき、二年間やったら何百万、三年間やったら何百万、それがほんとうだという医者がいたら門前市をなすだろうと、私は思うのです。どうだい、君らも行くだろう。それを、東大病院に行かないで、自分の家ですわっていて、朝たった三十分間のお勤めですむのです。汽車賃も、電車賃もいらないのです。いるのは、ロウソクと線香だけです。ずいぶん安い原料ではないか。資本としてはいちばん安いほうです。それを、モゴモゴいってやらない人は、バカだというのです。私がいうように、朝五座、晩三座の信心をきちんとして、断じて御本尊様を疑わないで、信心してごらんなさい。疑ったらだめです。
                             (戸田城聖全集第四巻P330)
============================================


と戸田城聖全集を買って読んだらこんな指導があった。
学会が永遠と定める第二代会長は勤行についてこんな指導をしていたんだぞ。
池田センセ自身も


============================================
◆日蓮正宗においては、また学会の指導は、五座三座というが、自分は三座二座でいいではないかなどというのは懈怠です
                             (会長講演集第六巻P219)
============================================


と指導していたのが
自分自身で三座二座を懈怠といいながらその後情勢が変わったとみるや否や
過去にこのように指導していたことをすっかり忘れたのか
平成十六年には方便品自我偈の横着勤行が
創価学会の正式な勤行に相成ったわけだわ。
よくまあこんなに言っていることが百八十度変わるもんだな(笑)
昭和四十四年発行の三十秘伝抄講義の「序」には池田センセ自身が


============================================
戸田前会長も、常々「教学は日寛上人の時代に帰れ」と 申されていた。
                               (六巻抄講義第一巻P2)
============================================


その日寛上人は


============================================
□若し堪えたらん人は本山の如く相勤むべし、若し爾らずんば十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし
                                    (報福原式治状)
============================================


と御指南遊ばれている。
しかもその創価は日寛上人書写の御本尊を盗んできた挙句
それをコピーして配った本尊を拝んでいるにもかかわらず、だ。
創価学会ってホントにむちゃくちゃな集団だな。
あきれ返るぜ、まったくよぉ。
で、そもそも大聖人は月水御書で


============================================
■されば常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行とを習いよませ給い候へ
                                (月水御書P1201)
============================================


と大聖人は仰せなのよ。
そのことを地元男子部の活動家にこの御書をぶつけてみたら
その人曰く
これから学会はワールドスタンダードで行く」ってよ。
何がワールドスタンダードだよ。
大聖人仏法におけるスタンダードは大聖人だろ。
その大聖人とかけ離れたものが広がっても広宣流布にはならないんだよ。
勤行は基本中の基本の仏道修行です。
怠けずに真面目に五座三座の勤行はちゃんとしましょうね。




オレが大学生だったころ、自分の時間とカネと労力を割いてやってた学会活動。
あの「学会活動」とやらはいったいなんだったのか。
それは詰まるところ、数字を上げる活動だった。
そしてそれを「大聖人仏法」、「仏道修行」と称していたのだ。
今思い返せばギャグそのものなんだが
当時は必死になって数字を上げることに汲々としていた。

グループ長、副部長、部長そして分県副書記長といった役職をやる中で
常に様々な数字に日々追われていた。
創価学会は営利企業でもないのに何でも数字が大好きだ。
折伏数はもちろんのこと、各会合の結集数、友人への対話の数
そして選挙になればFの数はもちろんのことZ(連れ出し)の数を
作り上げるために気を揉んでいた。

ではこれらの数字が本当に実を伴った数字だったかと問われると首をかしげざるを得ない。
オレが学会幹部の面接に臨んで幹部から言われたのは
「今まで池田先生と向き合って座っていたのを
これからは池田先生と同じ方向を向いて部員さんと関わってほしい」と言う事だった。
「池田先生と部員さんをつなげる」そういった目的意識のもと
(当然この段階ですでに日蓮大聖人は眼中にはない)
各会合への結集の戦いが毎度毎度おこなわれた。
例えば池田センセに会えない圧倒的大部分の会員が池田センセの声を直接聞ける
月に一回本部幹部会(本幹、または同中)が会館で開かれるため
その結集に毎月毎月本幹開催中に会館に集めるため必死になって家庭訪問した覚えがある。
その直前の部長会(各部の部長副部長並びに分県幹部が出席)で各部の部員結集目標を決めて
その後、各部で行うG(グループ)長会
(担当分県幹部と正副部長、G長、ビクトリーリーダー(VL)出席)で
各グループの目標結集数を決めさせる。
で、そのあと部幹部が一斉に散らばって家庭訪問をするんだが
家庭訪問の段階で本幹出席の確約までは取れるんだが
いざ、本幹の日になると急に連絡がつかなくなったりして
確約倒れになってしまう。で、目標数に届かなくなってしまう。
(その時から薄々感じていたことだが多くの非活部員さんにとっては
学会はしつこくうっとうしい存在の何物でもなかったのだから
家庭訪問した時はしぶしぶ首を縦に振るんだが
内心はとっても嫌で、応対するのも面倒くさかったんだろうなぁと
今は確信を持って言えるわ。)
地域や会館によっても異なるが月に一度
木曜日の夜一回、月曜日昼にやる一回と金土日は昼と晩の2回づつの
計8回本幹の放映の度に会館の下駄箱の前に張り付いて
自分とこの部員が来ているかどうか見張っていたが
(正直言ってキモすぎるよ。ようこんなあほなことに必死になっていたなあ。
さすがに平日の午前の部はみんな学校に行っているので平日の昼は出動できなかったけどね)
上述のように確約倒れが多くて目標数に達しない。
それでは困るとどうにかして放映が終わらないうちに部員さんに来てもらおうと
本幹放映中にも関わらず必死になって確約のとれた部員さんの家を回っていた。
こちらの必死の頼みに根負けしたのか来てくれる部員さんもいたが
ぎりぎり放映が終了する間際に来てくれた部員さんも出席として数えていたな。
それでもまだ数字が足りないとなってまた放映に間に合わない部員さんも
会館に来てくれたからとりあえず出席としてカウントしておけと
なって本幹が終わった直後の部長会ではこんな何の意味もない数字を報告して
「○○部は今回の本幹の戦いに勝利しましたー。」と言う。
池田センセのスピーチなんか聞いてなくともとりあえず出席としてカウントしようというのは
大聖人仏法はもちろんのこと
「池田先生と部員さんをつなげる」といった当初の目的なんぞ
もはやこの時点で全く頭の中には存在しなかった。
こんな意味のない数字に汲々とすることは学会幹部としてよく目撃した。

もうひとつ学内の戦いを例に挙げると
学内の戦いのクライマックス(笑)は何と言っても大学祭。
他の同級生等はみんな楽しく友達とキャンパスを歩いたり
お酒を飲んでワイワイやって騒いでいたりとしている中で
オレら学会活動家は教室を一室を借りて
創価学会とイケダダイサクを宣揚するという学内の戦いを展開してた(笑)
もちろん露骨に創価学会の名前は出せないので
学会がよく謳っている「平和、教育、文化」の理念を前面に出しつつ
それにつられて教室に入ると三色旗とイケダダイサクの肖像画が
飾られているというホラーを体験することになる。
で、その大学祭の「戦い」にも当然結集目標
(展示会場に来た人に創価学会やイケダダイサクを宣揚する人数)があった。
その「戦い」に勝利すべくほかのかわいい女の子らがワイのワイのやっている最中に
催し物をやっている教室に誘導する「戦い」を必死になって展開していた。
教室の中で展示物を説明しその後創価学会や池田センセの事に誘導する役と
人が多く集まる所へ行って教室に誘導する役とに分かれて
目標達成目指して頑張るわけだが
やっぱり目標に行かない(そもそもそんな展示物に興味を持つ奴はそう多くはない)。
で、とりあえず創価学会やイケダダイサクの宣揚するより
(展示している)教室に誘導することを最優先するようになり
とりあえず教室に入ってくれた人を「対話した人」にカウントする。
それでも学際終了間際になって目標数に行かないから
事前に作っておいた展示を告知するチラシをばらまいて
そのチラシを受け取った人を「対話した人」にカウントする。
で、目標数を達成してその後の大きな会合の檀上で
「我々の大学はこの度の学祭で○○名の対話の戦いに勝利しましたー
池田センセを宣揚できましたー、広宣流布の戦いに勝利しましたー」と絶叫する。
で、そう壇上で叫ぶと会場がドッとなる。他の大学も同様だった。
うすうすそのバカらしさに気づきつつあったが、
今思えばまるっきりアホ丸出しの集団だった。

数字を目標に掲げる、それは一見正しいように思えるが
数字を掲げたその瞬間から数字を上げることに没頭してしまう。
で、学会幹部もその数字の内実なんてものを全く持って気にしてなかった。
折伏(笑)もそうだった。折伏(笑)をされた人が学会バリ活になった記憶はない。
(もともとオレの部は折伏(笑)が弱かったという理由もあるけどね。)
学会本部の事やほかの男子部、婦人部、女子部の事は知らんけど少なくとも
オレが活動していた組織は周りが全てそんな感じだった。
全部が全部とは言わないが
学会活動家の口から出る数字なんて当てにできんことは確かだ。
全部が全部とは言わんが学会活動家の口から出る数字というのは
内実の伴っていない員数が多分に含まれていることは確かだ。




先日、「おばちゃんの手におえない」オレを破折しに
オレのおかんが見慣れぬ婦人部の人を連れてきて話をしてくれと頼まれた。
他の婦人部のおばちゃんとは違った雰囲気に
教宣部の部員かもしれないと警戒して話し合いを断ろうとしたが
おばちゃん何人かで押し切られて話し合いがスタートした。
「御書を良く知っている」壮年部の支部長を連れてくるといっていたのだが
結局婦人部の方だった。
結論から言えばまた同じことの繰り返しで
こちらは本尊義を話しをしたかったのだが
その話になると話をそらして相も変わらずゲンショーガーと叫んでいた。
2時間話をしたんだが他の婦人部の方と基本的には同じことで
正直言って時間の無駄だった。
教宣部員とにらんでいたのでどんな大聖人の御金言を捻じ曲げて
こちらを破折してくれるか半ば楽しみにしていたんだが御書なしで
「法華講員なんて帰依して、最初はよいしょしてくれるけどあとは冷たいわよー」とか
「法華講員の友達が一生懸命信心していたけど幸せそうには見えないわよー」とか
「日蓮正宗の御本尊では幸せにはなれないよー」とか
勝手な主観論、印象論、現証を延々と話していた。
こちらはたとえ拙くとも御書をちゃんと出し~の六巻抄を出し~のしていたんだが
その話をしても話をそらしてゲンショーガーだ。
一体何しに来たのかねぇ。
あ~あ、あほらしや、あほらしや。

最後に「教宣部の方ですか」と尋ねたら
「はい、そうですよ」との答えが。
教宣部と言えば屁理屈、詭弁を駆使して
脱会を阻止してくるっていうイメージだったが
全く詭弁とか弄してこなかったな。
オレのとこに来た人は上品でいい人だったけどね。
それとオレのために「資料」とやらを持ってきてくれるらしいぞ。
でも資料ったってどっちみち聖教新聞か創価新報のコピーだろ。
そんなもん信じられるかよ。
聖教や新報よりスポ(東スポ)の方がまだ信じれるわ(笑)
しかし、オレのために教宣部さんが来てくれるんだぁ~(笑)
話しなんか時間の無駄なんだがちょっとうれしいなぁ(笑)

ちなみにオレが日蓮正宗に行ったことがもう部内に知れ渡っているらしい。
だからと言ってどうもこうもないんだが昔の男子部部長がオレの自宅に来て
オレが日蓮正宗に行ったことを確認したら
相当ショックだったらしい。
で、日蓮正宗に行った理由を聞かれた。
別に創価学会内部の人間関係が嫌で行ったわけではなく
創価のあやまちに気づく経緯を説明したところ
ほとんど何も言わず挨拶だけして帰っていっちゃったな。
なんだかなぁ。



以前、学会員のおばちゃんらと話をしたとき
オレは必死になって色んな角度から婦人部のおあばちゃんらに
戒壇の大御本尊様の正しさを話した。
御書も出し、六巻抄も出し戸田会長の指導も出して話した。
オレは戒壇大御本尊様にお目通りしたことがない。
お目通りどころか生まれて一度も学会で
学生部活動家であった時期を通して
戒壇の大御本尊の事を教えてもらったことがない。
そればかりか本尊義の話すら会合等で出た覚えが一度もない。
そのオレが戒壇の大御本尊様の正しさを熱っぽく語り
大御本尊様にお目通りしたことのあるオレのおかんをはじめとする
おばちゃん世代の人間が大御本尊を足蹴にした創価学会に
疑問を抱かないばかりか大御本尊様を鼻にもかけない。
日蓮正宗創価学会時代、戸田会長はもちろんのこと池田センセも
少なくとも公には戒壇大御本尊の正しさ偉大さを語っていた。
あの指導はなんだったのか。
戸田会長や池田センセの指導が全く耳に入っていないんじゃないか。
戸田会長や池田センセの指導を聞いて
「スゴイ、スゴ~イ」と拍手して真剣に聞いていたにもかかわらず
その内容は学会風に言えば命に刻まれていなかったのではないか。
で、学会が変わっていき、ついには今の今まで信仰していた一大秘法の大御本尊を
受持の対象にしないとまで学会の会長が言い切った。
しかしその決定的な会則変更の異常に気付いたのは
その数が増えてきているとはいえ極々一部だ。
原田会長も公式には言っていない戒壇の大御本尊偽作説を
フライングで唱える人も出てくる始末だ。
大御本尊を知らないオレの世代ならいざ知らず
オレの周辺の壮年部、婦人部やその上の世代の人たちは
戒壇の大御本尊を信仰していたのではないか。
彼らは日蓮正宗創価学会時代何を思って登山したのか。
何を思って大石寺に参詣したのか。
何を思って戒壇大御本尊を拝していたのか。
その思いを無性に知りたいね。
戒壇大御本尊は日蓮大聖人の当体である。
大御本尊にお目通りしたことのないオレからすれば
そして拝したくとも拝すことができないオレからすれば
大御本尊様にお目通りした事のある人が何ともうらやましい限りだ。
その信仰の対象だった大御本尊を婦人部のおばちゃん曰く
「昔は昔、今は今」
と涼しい顔で一蹴する。残念というしかない。
こちらが本尊義の話をしてもニッケンガーとかシュウモンノボウズガーと言うだけ。
創価の本尊がなぜ幸せになれるのか
創価の本尊がなぜ大聖人の御意(こころ)にあっているのかを
法義上の理由をオレは聞きたいのに本尊義の話になったらすぐ話をそらす。
相も変わらず
「この御本尊様でこんな功徳が出た」云々
「この御本尊で病気が治った」云々
「この御本尊に祈れば歓喜が湧いてくる」云々と
滔々と語りまくり現証が全てダーとまくし立てる。
日蓮正宗の御本尊に関しては
日蓮正宗創価学会時代に学会がいかに広宣流布したか
日蓮正宗創価学会時代に学会がいかに宗門に供養したか
それなのに宗門僧侶や日顕(上人)が学会がした供養でいかに遊びまくったか
宗門のボーズがいかに学会を馬鹿にしたかを滔々と語り
そして日顕上人や日蓮正宗の悪口を言ったうえで
「学会を切った日顕(上人)が書いた本尊なんか拝めるか」
「日如(上人)の書いた本尊なんか誤字だらけやないか」と吠えまくる。
でもさあ、宗門に対する批判って全部学会に当てはまるんだよね。
オレは涼しい顔で
「でも、それ(宗門の腐敗堕落)が真実であってもそれって学会も同じですよね。
ほれ、元学会本部職員が書いた本(実名告発創価学会)にも
学会本部のクソっぷりがちゃんと書かれていますでしょ。」
「学会を退転した人間の言うとこなんて信用できんわ。」
「その論理だったら正宗を退転した学会員の宗門批判も信用できませんね。」
「・・・・・・・・・」

しかし残念だな、そして悔しいねぇ。
大御本尊の事を何一つ知らなかったオレが大御本尊を渇仰し
大御本尊を長年拝してきた人たちが何のためらいもなく平気で大御本尊を捨てる。
残念で残念で残念すぎるね。
そしてオレのおかんを含め学会婦人部のおばちゃんには
もう一度大御本尊様にお目通りを果たしてほしいね。
否、婦人部のおばちゃんだけでなくオレの地区の男子部の面々も
大御本尊様にもう一度お目通りを果たしてもらいたいもんだね。



いやあ、先日家に帰ってオレのおかんのとこに行ったんだが
その時におかんの友達が来ていてねぇ。
オレが創価学会に「不信」を持っていることについて
おばちゃん3人が話してきた。
で、いろいろ本尊義をはじめとしていろいろ話をしたんだが
いやあ、大変面倒くさかったなあ(笑)
まっ、話自体はいつも学会員が主張している事と変わりはなく
つまんない話ばかりで法門法義の話はなくただ
「広宣流布してきたのは学会だ」とか
「学会が寺を支えてきたのに宗門が一方的に学会を切った」だの
「学会が供養をたくさんしたのにその供養で宗門の坊主どもが
贅沢をして堕落していた」だの
「そのクセに宗門僧侶は折伏も全くしないで信徒を見下している」等々
まあ要するに「ザ・学会員の主張」を延々と聞かされた。
で、本尊の正邪の話はというと
「この本尊がなぜ正しいのかという法門法義上から説明してくれませんか。」と問うと
「(学会製コピー本尊を指さして)これが本尊や、大聖人の魂や」というので
学会の本尊が正しいのは私たちが信じているからやん」だとさ。
「ええっ!?正しいと信じているからその本尊は正しくなるんですか?」とびっくりして聞くと
「そう、この御本尊様を信じているもん、正しいと確信しているもん」とかましてくれた。
「正しいと信じればその本尊が正しくなるっていうのなら
イワシの頭が正しい本尊と信じればイワシの頭が正しい本尊になるんですか。」
「そんなわけないやん、イワシの頭が本尊になるわけないやろ」
「いや、私からすれば学会の自称本尊とイワシの頭は似た者同士でしょ。」
「いや違う、おばちゃんらはこれを信じているからこれが正しいと確信もっているから」と
話がかみ合わないことを延々とだべってた。
「でも昔、学会員は戒壇の大御本尊を信じていたでしょう」と問うと
学会製コピー本尊を指さして
「あれが戒壇の大御本尊様よ」とぶったまげたことを言っていたので
「ええっ!?あれが戒壇の大御本尊様?んなわけないでしょ。
昔、戸田会長が大石寺(の奉安殿や正本堂)にご安置されていた御本尊が
戒壇の大御本尊と指導していたでしょう」と問うと
「あれは昔の話や、今は違う」と衝撃的なことを口走りおった。
続けて「今は大石寺に行かれへんし(コピー本尊を指して)これがあるやん」
「大石寺に行けないっていうけど日蓮正宗に帰依すれば大石寺に行けますよ」
「正宗なんか日顕宗やないか。そんな御本尊なんか不幸になるわ
大聖人に違背している日顕(上人)なんかに大聖人の魂があるか」
「えっ、日顕上人のどこが大聖人の魂に違背しているんですか」
「御供養金で遊び呆けているがな、大聖人は自ら一人一人に折伏しにいってんで
日顕(上人)が自分から進んで折伏したか」
「あのですねぇ、僧俗で仏法上の役割が違いますからね

仏宝・法宝は必ず僧によて住す。譬へば薪なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法・二千年過ぎて末法へも伝はるべからず


っていう御書ありますよね、僧俗の役割が違うだけなんですよ」
「そんなん僧俗差別やん、、そんなんあかんわぁ」
「差別じゃないですよ、あくまで役割の違いからくる区別ですよ」
こういうしょうもないやり取りをずっとしてた。
で、大聖人仏法の本尊義を延々人本尊だの法本尊だの人法一箇だの
御書を出し日寛上人の文底秘沈抄も出しーので本尊義を説明し
最後にその当体こそ日蓮正宗総本山大石寺におわします本門戒壇の大御本尊様、
この御本尊様こそが唯一にして絶対な御本尊でほかの御本尊様は
分身散体の法理によって本尊としての力用が生まれるのであって
それは開眼供養しない限り御本尊としての力用が生まれないですよ」
「そんなわけない、実際にこの本尊を信じているから正しい御本尊様やで、
この御本尊でちゃんと功徳も戴いとるよ、
みんなこの御本尊様で病気も治ったし経済革命もしたし」
「理証文証のない功徳らしきもの、それは魔の通力ですよ
学会製コピー本尊がなぜ正しい本尊なのか大聖人の御書を聞きたいんです。
文証をちゃんと出してくれませんか」と言うと
声をうならせて黙ってしまった。
そしてその後に「でもおばちゃんらこの御本尊様を信じてるかなあ」と
またそこに戻るんかい!!と心の中で突っ込みを入れつつ
またこの記事の9行目からずっと同じことを繰り返していた。
で、これを3、4回不毛な繰り返しをして
最後にオレのおかんの友達が
「もうおばちゃんではあかんわ。この子破折するんなら
御書知っている人に入ってもらわんと」とあきれられた。
で、地元学会組織の御書を知っている支部長に会って話してもらいたいと言われたが
「面倒くさいなあ、そんなの必要ないでしょ」
というと横で聞いていたオレのおかんが
「いや、話だけは聞かなアカンで話しぐらいは聞きいな」と
畳み掛けてきた。あ~あ、面倒くせぇなあ。
しょうもない話なんか聞きとうないわ。
どっちみちおんなじ様な話になるのは目に見えているからね。正直言って時間の無駄だ。
でおばちゃんたちが帰り際、
「○○ちゃん(私の名前)が創価学会に戻ってくるよう祈っとくわ。
で、お寺に行ったらアカンで」と釘を刺してきたが
笑いながら「いや、私は日蓮正宗が正しいと確信してますから
絶対にどんなことがあってもお寺に行きます」と言い切ったら
「まあっ」と言って顔をしかめて帰って行ったな(笑)
しかし、また同じことを言うような人連れてきてどうするのかねぇ。




東京都議会選挙はすごかったな。
都民ファーストが公認候補49議席獲得と
無所属の推薦候補で55議席獲得。
しかし、あんなに自民党は大敗するとはなあ。
まあ選挙前の自民党のスキャンダルもあったからね。
で、我らが公明党はというと
公明党に公然と反旗を翻す学会員も多数出てきたので
1議席ぐらい落とすんちゃうかと思っていたけど
公明党もちゃっかり小池百合子氏に乗っかって
一議席増やして23議席獲得したな。
安保法案の時に声を上げたあの人たちも公明党に一票入れたのかな(笑)

選挙勝利の翌日が「出獄と入獄の日に師弟あり」と学会内で語られる7月3日だから
創価学会首脳部としては面目躍如といったところか。
今日(2017年7月3日)の聖教新聞の寸鉄で


========================================
□都議会公明よ本当の戦いはこれからだ。支持者の期待忘れるな。実績で光れ
========================================


はともかくとして


========================================
□師弟不二の原点『7.3』に新たな歴史の金字塔。「正義が勝つ」時代を更に
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学会としてはこれを言いたかったんだろうな。
このことが書かれているんちゃうかとは思とったけど
久々に聖教新聞を読んだらやっぱりあった。
まあ、幾分上から目線の表現があったけど
オレが最後に読んだ時と比べて聖教新聞の表現が
ずいぶんマイルドになっていたけどね。

しかし公明党もうまいこと勝ち馬に乗るなあ。
自民党が劣勢と見るとすぐに手のひら返したぁ
宗教政党とは思えんほどの信念の無さだ(笑)
こういうことするから国民の支持を得られないんだよ。
あっ、公明党の「信念」ってのは
学会を守るための権力維持が唯一の守るべき「信念」なんだったな。
学会が言う「功徳」というエサにつられて
こんな政党を支持するために全国の多くの学会員が
東京在住の友人知人に電話かけまくったりわざわざ東京まで足を運んだりと
大聖人仏法とは無関係なことをやらされて
それで広宣流布が進むと勘違いしてんだから。
そもそも大聖人の出世の本懐たる
戒壇の大御本尊を捨てた創価学会員に広宣流布なんて
逆立ちしてもできやしないよ。
流布すべき大御本尊を捨てたのだから。
ともあれ創価学会はもはや宗教団体ではなくて政治団体いや、選挙団体だな。




わしゃあ、関西人なので関西ネタから。
昨日(2017年7月2日)最大のイベントは
何と言っても東京都議選であることはいうまでもない。
でも、関西でも選挙があってね。
兵庫県の知事選なんだが、
自民党・民進党・公明党・社民党4党の県組織が支援した
現職の井戸知事が結局当選して5期目をつとめることになった。
この翼賛政権(?)は何とかならんかねぇ。
16年も勤めて今回の任期満了したら20年かよ。
いくらなんでも長すぎるでしょ。
まあ、俺は関西人なので東京モンに対抗しろってわけじゃないが
東京一極集中しすぎれば東京が大震災等天変地異に見舞われた際に
いろいろダメージが大きすぎるので
関西を大きくしてくれる人ならええっかと思うんだけどね。
しかし、この人の

「東京一極集中を打破するための旗を揚げなければならない」

はわかるけど

「関東大震災はチャンスだ」

はないでしょ。
人の不幸を我がチャンスととらえれるその感性が怖いわな。
関西人のオレとしては実力で
東京と対抗できるぐらいの郷土(クニ)づくりをお願いしたいものだね。
でもなんでこの人、こんな実力あるんだろうな。
候補者が乱立するほかの府県と違い
兵庫県知事選だけはこの井戸知事がほとんど独裁体制なのだ。
なんか深すぎる闇でもあるんかいな。
主要政党4党がこの人を支持するから
こういった翼賛政権が誕生するんや。
対抗馬も共産党だけやしな(笑)

政治の話だけで創価の話を出さないと
創価サブカテの住人として
いやもとい創価批判カテに強制移住させられた者として(笑)
創価公明批判はちゃんとせなあかんよな(笑)
で、こういった翼賛政権をけん制し
世代交代ができるように人材育成をするのも
「庶民の政党」を自認する公明党の役割でしょうが。
それをなにほかの政党と一緒に翼賛政権に相乗りしてんねんな。




今日家に帰ってきてブロブ村を見たら創価学会カテにオレのブログがなかった。
で、なんか知らんがブログ村のサブカテを勝手に創価批判・告発カテに変えられた。
誰かがハッキングしたんかいねぇと思っていたら
もしかしたらブログ村の村長さんがやったことかとメールを見たら


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今回の処置はこのカテゴリーの方が
半覚醒さまのブログや記事や記事画像と
合っていると思われますので
読者様や共感者が間違いなく増えやすくなるという
判断からでございます。

また、このカテゴリーは
半覚醒さまと同じようなブログや情報が
集まっておりますので、そこを訪れる読者さまも
半覚醒さまと同じ感性や境遇の方が多く、
半覚醒さまのブログそのものに興味を持ったり、
記事や画像に共感や親近感を覚える可能性が
高いと思われますのでこのカテゴリーにご参加する
デメリットもないと思われますのでご安心くださいませ。

半覚醒さまのお気持ちやお考えもあるとは思いますが、
趣旨をご理解の上、ご協力どうかよろしくお願い申し上げます。
Q&Aページもございますのでぜひご覧くださいませ。
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だってよ。
おーい、絶対に趣旨なんか理解しないぞ。
勝手に変えるなよー。
んなことってあるんかよ?
別に創価批判カテではデメリットあるんだよ。
オレは反発してほしくて創価カテでやってんだからぁ。
オレは創価カテでやりたいんだよ。
村長さんよぉ。
元に戻そうにも創価カテじゃあ登録できなくなってるやんけ。
元に戻してくれよぉ、村長さ~ん。






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