FC2ブログ
そっかぁ、国会は昨日解散。
選挙モード突入かぁ。
オレの地元じゃあオレに公明党への投票依頼なんて来ていないが
もうすでに公明党への投票依頼が来ている人もいるのか。
と言うことはすでに学会員が選挙に向けて動いているということか。
しかし、絶対に公明党に入れんよ。
元々公明党は好きじゃなかったし。
それに元々自民党を支持しているからほとんど学会時代と変わらないんだけどね。
ただいつも公明党への投票を依頼していた友人に
オレが学会をやめたことを伝えるとどういう反応するのかな。

宗教団体が丸々組織として政治にかかわるのは不気味だ。
世間の人が感じているように創価学会と公明党は一体不可分の関係だ。
いわゆる政教一致の関係だ。
選挙期間中の学会の会合に出ればそれがよくわかる。
選挙を法戦と称して選挙の戦いを頑張れば福運がつくとか功徳が出るとか
文証のない事ばっかり言って会員をだましている。
そういえば活動家時分に聞いたことは法戦の功徳は普段の学会活動よりも大きいらしい(笑)
大昔に聖教新聞で読んだのだが池田大作は識者(笑)との対談で
ヨーロッパのキリスト教系の政党を例に持ち出して
宗教団体が政治に関与することを正当化しようとしていたが
キリスト教と仏教は考え方が異なるので
外道のキリスト教を持ち出してくるところが違和感を感じたわ。
政教一致批判に対する創価学会の反論は池田大作の権力欲を満たすために
会員を功徳とか福運と言ったエサで釣って選挙にかり立てていることを正当化する詭弁だ。




スポンサーサイト



ラン氏ブログによれば池田センセ曰く


********************************************
◆『その言葉に、確かな裏付けがあるかどうかを、きちんと見きわめていかねばならない。何でも鵜呑みにして、信頼してしまう無邪気なお人よしであっては、「悪」の勢力につけ込むスキを与えてしまう』 (1990・6・8 池田先生のご指導より)
********************************************


だってさ(笑)全くその通りだね。
紋付羽織袴を着て深々とお辞儀をしながら
その言葉、桐箱にいれて「御礼」と書いた掛紙に包んで
熨斗と水引をつけて創価脳患者の皆様に丁重にお返しいたします(笑)


バリ活系創価脳患者ってのはとにもかくにも日顕上人を貶めなければ
気が済まないんだろうな。とにかくご宗門と日顕上人を謗法扱いしたいらしい。
で、その謗法の根拠はすでに数年前にご宗門から破折されていることをいまだ持ち出している。
C作戦などというありもしない創価脳患者の脳みその中にしか存在しない「謀略」を持ち出して
相も変わらずご宗門を謗法と誹謗しとる。そっちの方がよっぽど謗法やないか。
そしてそのご宗門の謗法行為によって大御本尊に傷がついているとか愚かなことを言っている。
大御本尊に傷なんかつくわけないだろ。御本尊に傷が付くという文証出せや。
身延の僧侶を歓待したことを挙げて「身延の僧侶を破折せずに歓待したのは謗法」という論理で
日蓮正宗を謗法扱いしている。
んなもん何が問題だ?他宗の人間を見たら猿みたいにとびかかる方がよっぽどキ○○イだろ(笑)
そこまで言うんならバリ活の学会員は会う人間会う人間全員に破折して回ってんだな。
もっと言えばそれじゃあ創価学会の池田センセとやらはどうなんだよ。


********************************************
■愚人にほめられたるは第一のはぢなり
                                   (開目抄P237)
********************************************


と大聖人は仰せだが、この愚人にほめられてイケダダイサクは
連日聖教新聞で創価学会以外の外道を信じている「世界の識者」とやらに
勲章や学術称号をもらって悦にはいっとるやんけ(笑)これはええのかよ。
日蓮正宗の人間が他宗の人間と付き合うのは謗法、
自分たちが他宗の人間と付き合うのは対話というのか、ええ加減なこと言うな。
それに池田創価学会は世界宗教会議とかいう世界宗教者平和会議と似せた似非団体を持ち出して
世界中の宗教者と対話しているように見せかけている。
実際に対話しているんだったらこれ、極悪ラン氏の論理からいえば
ちゃんと破折していなければ謗法だよな。
実際破折しているのか。しているのならちゃんと実績を見せろと言いたいわ。
あれほど多くの「世界の識者」とやらと「対話」しているんだ。
当然折伏を多数決めているんだろうな。
なに、折伏数ゼロだって?ギャハハハハハハー、クッソワロタ(笑)。
偉そうに大石寺が謗法云々と言うんならちゃんと実績上げてからにせなあかんよな。
しかもイケダダイサクと「識者」の対話本を読んでみても政治の話が多くて
「識者」とやらにちゃんと日蓮大聖人の話をしている本を読んだことないわ(笑)
大聖人出世の本懐は本門戒壇大御本尊やぞ。
大御本尊を宣揚している池田爺の「世界の識者との対話」なんて見たことないわ。
まっ、元々池田センセには大御本尊に対する信心がないから仕方がねぇっか(笑)
池田センセが信じている三大秘法は色と金と権力だからな(笑)勤行一つできてないし。
月刊ペン裁判で証拠書類として提出された、
「池田名誉会長の行動を克明に記録したノート」を見ればそれは明らかだ。
「日蓮大聖人の仏法云々と言っている創価学会の機関紙、聖教新聞ですら
「池田思想を世界は賛嘆」とかはっきりと書いているやんか。
日蓮大聖人は「池田思想」広めろと仰せか。
ほほうなるほど、池田思想を広めるのが創価学会にとっての広宣流布ですか(呆)
日蓮大聖人の仰せのとおりとか言っても結局それが本音なんだろ(笑)
そもそも聖教新聞ではっきり池田センセは「哲学者」とはっきり書いているやん(笑)
もう宗教者ですらないよな。
そんな簡単なことすら創価脳“ラン”者は気付かないようになってしまったのか。
極悪ラン氏は頻繁に日蓮正宗をディスっているが、
日蓮正宗が間違っているイコール創価学会が正しいというわけではないだろ。
日蓮正宗を破折云々云うんなら直接日蓮正宗末寺に出向いて
直接宗門御僧侶に法論に挑んでこい!!ゴルァ凸(゚Д゚#)



平年よりも気温が低かったことようだが
年々暑さへの耐性が低くなってきており
また八月はいろいろあって精神的にも体力的にもきつかった。
以前勤めていた会社の上司に「人間40になれば体力がガクンと落ちるぞ」と
言われたことがあったが40は愚か30云歳で
栄養ドリンクが手放せなくなってしまった。
仕事が終わった後何かやりたいと思っても心身ともについて行かなくなってしまったよ。
お寺に御参詣しなければと思いつつも仕事の疲れをいやすことがまず頭に浮かんで
特に休日なんかは体を休めなければ体が動かない状態に・・・。
ここ2、3か月で一気に老け込んだなぁ。
毎日睡眠不足と体の疲れとでいつお寺に参詣できるかと悩む日々。
お寺に参詣せねばという頭はあるんだけどね。
せっかく日蓮正宗に帰依したんだから
やっぱり末寺参詣はしたいし法華講活動もしたいけど。
ちょっと残念ですわ。


オレの家族がオレが日蓮正宗に行ったことを心配する理由の一つが
日蓮正宗の人たちが非常に危険で非常識な人間の集まりと思い込んでいるからだ。
以前オレが日蓮正宗に行ったのは法華講員がオレを誑かしたからといううわさを流されたが
その根底には日顕上人をはじめとする日蓮正宗が怖いところという不信がある。
さんざん聖教新聞で日顕上人に対する誹謗中傷が流されてきたので
日顕上人に対する不信が強いことは容易に理解できるが
何で法華講がこんなに警戒されるのかがよくわからなかった。
オレはこの歳になるまで法華講員に会ったこともないし
そんな組織があるなんてことは学生部活動家時代に耳にした程度で
実際は気にも留めていなかった、というより関心が全くなかったな。
恐らく日蓮正宗全体が腐敗と悪で染まり切っていると思い込んでいるからだろうが
オレからすれば創価学会の方が非常識で危険な存在と思うんだがな。
オレの親は学会員を非常に常識豊かで人のために尽くしている人たちという思い込みがある。
学会員を常識のある人たちと思い込んでしまうのは本気で学会活動をしたことがないからだ。
うちの親兄弟はほぼ未活以上活動家未満なので学会の真の姿が見えていない。
学会活動家は未活の会員に会合に参加してほしいから最初は腫れ物に触るように接するからな。
しかし会合参加が進み毎回会合に出席するようになると
今度は幹部になるように勧められる。
幹部になると学会の「戦い」の中で結果を強く求められるようになってくる。
で、結果をだせなければ強い調子で詰められまくる。
創価学会活動家幹部(全員ではないが)なんてものは未活の会員と活動家の会員とでは
「こいつジキル博士とハイド氏か」と言いたくなるほど手のひらの返しようがすごい。
学生部時代オレの上役幹部のクソっぷりを思い出すと今でも殺意が湧くわ。
人間生きていればある程度表裏はあるが
あの変わりようは今から思えば魔の眷属の面目躍如と言ったところだ。
平気で嘘ついて人騙すしな。
広宣流布とやらへの熱い想いはわかるが
イケダダイサクの「大阪の戦い」をいつも持ち出してきて
「師匠である池田先生があれほどの戦いをされた、池田先生の弟子ならばそれに続け」と
何でもかんでも理不尽なことを言うしよぉ。
それに比べて法華講員ってなんだよ、超ゆるゆるやんけ(笑)
今はいろいろあって活動できていないオレが言うのもなんだけどね。
法華講の場合は自分から積極的に求めていかないと連絡もくれんしな(笑)
まあ組織としては学会と法華講両方に一長一短があるけど
非常識な活動は学会時代にもうこりごりなので法華講の方がオレにはあってるかもね。
信心が正しく非常識な部分を取り除けば学会の厳しさもよかったのかもと思っている。
もちろんその「厳しさ」というのは学会の単なるしごきに近い厳しさではなく
必要な厳しさ、意味のある厳しさであるなら喜んでするけどね。
学会活動の厳しさというのは信心とはかけ離れた部分が多かったので今となっては
活動したのは後悔しとるよ、学会活動をやればやるほど謗法も積んでいるだろうし。
というわけで非常識なのは断然学会の方だよ。



なんか創価カテから「何とかの森通信」ブログの別館が創価批判カテに移されてた。
この人バリバリ創価の人ちゃんかい。
創価ブログはもうむちゃくちゃだな。
何がしたいんだか、創価系ブログの中で自界本逆難発生か(笑)
まあ全体的に創価脳ブログは読んでもつまんないからね。
でも創価系のブログってどうしてこう世法上に良いとされている事と
仏法義を混同させて語るんだろうな。
よくよく読むといいこと言ってんだが
「結局それって世法上の事じゃね」と毎回創価系ブログを読んで思うんだよな。
あと仏法と自己啓発を混同させてくる人、この手合いも人も多いよな。
いたよこういう人、学会活動家時分に。
まっ、学会の大元の池田大作が仏法と世法を混同しちゃってる人だから仕方がねぇっか。
それに別に何書こうが個人の勝手だがな。
でもこういうのって頭に入らないんだよな。
やっぱり凡夫の説なんてものには興味ないわ。
そんなもんに興味があるんだったら
別に創価ブログ読まなくたって一般書店で売られている哲学書買って読んだ方がいい。
そんな個人が書いたような自己啓発もどきのブログの内容なんて別に学会員じゃなくても
ちょっとおませな中学生でも気を利かして書けるような内容でしょ。
そこにチョロっと大聖人の御金言を引用して仏法に聞こえるようにしているだけだろ。
大聖人の御金言をデール・カーネギー名言集とかと勘違いしていないか。
なので「お前に言われなくてもそんなことわかってるよ、バーロー」
とか「へぇいい事言うね、だから何?」っていう反応しかできんな。
要するに創価学会とか仏法とか関係ないところで
「こんないい事言ってる僕たち私たちは善人でしょ」
ってことが言いたいだけ善人ぶりたいだけ人達のような気がするよ。
実際は自分たちの意にそぐわない、
批判者や敵対者の撲滅を家で祈っているお腐れ様連中なんだが。
特に日蓮正宗や日顕上人に対しては事実を平気で捻じ曲げて
そして何年も前に破折されたことをいまだに飽きもせずに言い続けるとはな。
「謗法を責める」だってよ(笑)
ちゃんと責めているじゃねぇかよ、創価学会を(笑)
これからも極大謗法団体創価学会を責めるからよろしくねー。



ここ数か月、信心と仕事と私生活とでいろいろあって正直きついぜ。
せっかく正宗側について頑張ろうと思っていたというのに今は心が折れそうだよ。
まあオレ以上に悩み、苦労し頑張っている人間はこの世に無数にいるので
こんなぐらいで負けていてはいけないんだがいろいろ悩ませてくれるな。


********************************************
■苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ
                              (四条金吾殿御返事P1143)
********************************************


との御金言通りにこういう時こそ大御本尊一筋に信じていかなきゃならんのですがね。
遥拝勤行もなかなか様(さま)になってきたがやっぱりお寺に行って三宝を拝したいね。
けどなかなか時間と気力体力がそれについていかんのですわ。
心配事が多すぎてね。でも家族のため、自分のためここで負けるわけにはいかんとの思いが
常に心の中で交錯していて日々悩みの連続です。
ああだけど負けるつもりもあきらめらるつもりもないぞ。
なにせ自分の家族のこと、そして自分自身の幸せのためだからな。
まあそのために悩ませていただいていると思っているよ。



オレの父親がなくなってちょうど一年が過ぎようとしている。
父親を家族葬で送ったんだがやっぱり仏僧がちゃんと読経しないと違和感ありありだわ。
学会時代はオレも坊主不要論に賛同していたが
やっぱりこれに関して言えば世間の反応の方が正しかったということだ。
この時点で俺は学会が邪宗であることを悟っていたので
葬儀の導師を何の仏法上の資格のない人間がやるのを反対して家族と揉めたんだが
なにせその時のオレは正宗信徒でもないので当然御僧侶を呼ぶことができず
しゃーなしにオレが導師をやる羽目になった。
そもそも即身成仏ってのは


********************************************
■人死すれば魂去り其の身に鬼神入り替つて子孫を滅ぼす、餓鬼といふは我をくらふといふ是なり、智者あつて法華経を讃歎して骨の魂となせば死人の身は人身・心は法身・生身得忍といへる法門是なり、華厳・方等・般若の円をさとれる智者は死人の骨を生身得忍と成す、涅槃経に身は人身なりと雖も心は仏心に同ずといへるは是なり、生身得忍の現証は純陀なり、法華を悟れる智者・死骨を供養せば生身即法身・是を即身といふ、さりぬる魂を取り返して死骨に入れて彼の魂を変えて仏意と成す成仏是なり、即身の二字は色法成仏の二時は心法・死人の色心を変えて無始の妙境・妙智と成す是則ち即身成仏なり、
                              (木絵二像開眼之事P470)
********************************************


とあるように法華を悟れる智者のみが供養してこそだ。
法華を悟れる智者というのはもちろん大聖人の事だよね。
決して学会幹部やイケダダイサクの事じゃないぜ。
イケダダイサクが「法華を悟れる智者」とか笑えるな(笑)
そういえばネットでは木絵二像開眼之事の「法華を心得たる人」や「法華を悟れる智者」を
「法華を信じている人」と読み替えて御本尊の開眼に関する権能があるように言う人がいるが
南無妙法蓮華経を信じているだけ、唱えているだけで
難信難解の法華経を悟ったり心得たりできると思ってんのかよ。
それって仏法をなめすぎじゃねぇーか?増上慢も過ぎるぞと思うんだがな。
それに法華経(=大御本尊)を捨てた人間が何で法華を「心得え」たり「悟っ」たりできるんだ。
まあとにかくそんなこんなで去年は大変だった。
必死にオレの家族を説得するも全く聞く耳を持たず
オレに導師をやれとしつこく迫られたし
去年は御僧侶を呼ぶことがでなかったのでやらざるを得なかったが
仏法上の権能のないことをするのはもう二度とごめんだね。
地元の法華講の支部講頭さんが言うには
学会で儀典長をしていた人はみんな突然死か若死したらしいね。
その後滋賀県にある学会墓苑の滋賀メモリアルパークに遺骨を埋葬しに行ったんだが
この滋賀メモリアルパーク、最寄りのJRの駅からタクシーで行ったんだが
山の奥深くにあって交通の便が悪すぎる。
金も時間もかかって一年に一回行けたらいいぐらいだ。
特にオレのおかんは体が悪く十分準備してからではないと行けない。
創価って金と政治力があるんだろ、あるんならそれをフルに使って会員が墓参しやすくするために
会館のすぐ近くに作ったらいいだろ。なんでわざわざそんなメンドクサイところに作るんだよ。
やっぱ土地代を安く抑えて利益を上げたいからだろ。
滋賀メモリアルパーク内のオレの父親の墓石も
安物のプラスチック製かと思うほどちゃちいものだった。
あれはほんとに「石」なのか、テカリがきついので思わずおもちゃかと思ったわ。
そんなはずはないとは思うが今でもあれはプラスチック製とオレは思っている。
十字架が描かれてていないだけでキリスト教の墓と見間違えるほどセンスのないデザインだった。
墓に埋葬する前に礼拝室(みたいな所)に案内されそこで勤行をやったんだが
方便品自我偈の一座だけでもちろん長行ではなかった。
で、勤行が終わったらお約束の池田センセの指導を読んで十分もかからず終了。
こんななんちゃって勤行で創価学会の遺族は喜んでいるんだからな。
やる気のなさそうで適当な儀典長と
それをありがたがる異様な光景は未だに頭に焼き付いてとるわ。
ったく、今年の盆は忙しかったのでそろそろ家族で墓参りに行かなあかんけどな。
またあのなんちゃって勤行に付き合わされるのかよ、憂鬱だな。
今年は学会やめたことを理由に絶対に断るよ。
インチキ勤行を開眼供養されていない魔入りの本尊もどきに祈るのは。
でもそうすればまたオレのおかんが発狂しだすからなやっぱ憂鬱だな、は~あ。
絶対オレの母親はここに入れんぞ。
まあ、オレの母親が死んだらもうオレの自由だからな。
絶対に両親の遺骨は絶対に引き上げるぞ。
学会にはオレの父親のことをたまに思うと怒りで血が沸騰してしまうな。
腹立ってしゃーないわ、いやほんとに。




以前学会とは無関係に
サイコパスに関する本を読んでみようとアマゾンあたりを検索していた。
で、アマゾンの検索窓に「サイコパス」と入れて
サイコパスに関する面白そうな本を探していた。
そしたらいきなり本の表紙に「サイコパス」の文字の横に
でかでかと山崎正友氏の名前が書かれている本を発見した。
驚いたオレはもちろんこの本のページを開けてみた。
そもそも山崎氏は一般にはほとんど知られていない。
山友氏のことなんて創価学会関係者しか知らんし興味ない。
そんな人物を誹謗するためにわざわざ本を執筆して
しかも本のタイトルに「サイコパス」の文字のそばに
実名を載っけて攻撃する学会の悪質さに正直驚いたわ。
サイコパスって創価学会とこの本の著者の事だろ。
この本の著者は中田光彦というらしい。
普通一般の著書にあるような著者紹介欄がこの本にはなく
中田光彦という人物がどういった人物か、この本からはわからない。
ネットで検索をかけても介護関係の仕事をしている
同姓同名のこの本とは全く無関係の人物が出てくるだけだ。
で、この本の著者の正体は学会活動家でジャーナリストの「柳原滋雄」。
この本の著者紹介欄に自分のプロフィールを書かないのは
自分がとてつもなく卑怯なことをしているとの自覚があるからだろう。
この柳原滋雄という人物、ジャーナリストだが精神医学の専門家とも思えない。
その人間が著書を通じて一私人を「サイコパス」と一方的に断定。
そしてその本を公に流布するとは恐れ入る。
アマゾンレビューにもあるようにこの本は創価学会が
反創価の山友氏を一方的に誹謗するために書き上げたものだ。
そんな怪しい本をもとに山友氏を攻撃しているのが
某ブログ主さんをはじめとする創価脳患者なんだな。
某ブログ主が「出所不明の情報は信じるな」と自ブログの記事に書いてあるが
この本こそ「出所不明の怪しい情報」の代表選手じゃねぇか。
少なくとも非学会員が見れば逆に創価学会の異常性を際立たせている本にしかならない。
実際この本とともに中田光彦の名で柳原滋雄が書いている反山友氏の本のレビューには
全て創価学会とこの著者に対する不信を表明するコメントばかりしかない。
逆に世間一般の信用を自分自身で貶めているんだよ、バカめが。
この本、お約束のロバート・ヘア氏の「サイコパスチェックリスト」を載せてそれらしくみせているが
この本は逆に創価学会と著者のサイコパスを窺い知ることのできる本だ。
それに学会は山友氏を執拗に叩いて何になるんだよ。
山友氏を異常者に仕立て上げてその犠牲者である学会は正常で清浄な団体ですよってか。
仮に山友氏が異常でもそれだからと言って学会が正常な団体とは限らんだろ。
仮に山友氏が異常でも山友氏とは関係なく創価学会は異常な集団なんだよ。
それも戦後最大級の異常集団だ。他人の精神の異常を心配する前に
自身が所属している学会に精神病患者が多いことを本のネタに上げたらどうなのかね。


サイコパスのすべて―山崎正友の「捕食」人生
サイコパスの犯罪―元弁護士山崎正友の心の闇
柳原滋雄
学生部活動家だったころ、よく「学会の裏切り者」の話として
聞かされてきたのが山崎正友氏の話だ。
これはオレが学生部活動家の頃に聞かされたことだ。
このことは未だに鮮明に覚えている。
偶然オレの上役幹部が山崎氏を知る人から直接聞かされた内容はこうだった。


体が弱かった山崎氏は学会活動は熱心に活動して健康な体を手に入れた。
で、学会活動は熱心で部員たちをいろいろ激励したりしていた。
しかし、山友からは題目を熱心にあげたという話は全く聞かれなかったというのだ。
山友氏は京都学生部出身で学会初の弁護士として池田センセにかわいがられていたらしい。
そのおかげで学会の最高幹部として取り立てられたって話だ。


で、ここで一つおかしいことがある。
少なくとも学会は信仰の団体だ。
信心の基本中の基本である勤行唱題ができない人間を
なぜ池田センセが取り立てたのかということだ。
これを聞いたときに
「そんな(信心の)基本中の基本もできない連中を
(信仰の)団体の最高幹部に取り立てるからそうなったんだよ」
と思ったね。もはやこの時点で池田センセがおかしいんだよ。
池田センセがかわいがられたら信心の基本もできない人間だろうと
信仰の団体の最高幹部に取り立てられるということだ。
もっと言えば池田センセは山崎氏が信心の基本もできないことなんて眼中になかったんだよ。
必要なのは山崎氏の弁護士としての能力、知識、そして弁護士が持つ権限。
結局これがほしかったわけだろ、池田センセは。
これは即ち、もうこの時点で創価学会は池田センセの胸先三寸で
私物と化してしまっていることを示している。
さらにこの話には続きがある。
勤行唱題をしない山崎氏に池田センセが
「君、勤行唱題はちゃんとしなさい」と指導したところ
山崎氏は逆切れしたらしい。
この話を聞かされた時(学生部時代)は何で逆切れしたのかわからなかったが
池田センセが勤行唱題を全くしない人だと知ると
やっと山崎氏が逆切れした意味が分かった。
勤行唱題を全くしない奴に勤行唱題をしろと指導されるとはな。
そりゃあ逆切れしたくなるわな(笑)



PAGETOP