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拙ブログを始めて半年余り、
このブログを始めた当初はまだ学会員だった。
それがブログでコメントいただいた法華講員さんに
背中を押してもらい、正宗の寺院に訪問。
それで日蓮正宗帰伏と相成りました。
実を言うと、こんなに早くに正宗帰伏を考えていなくて
いろいろ話を聞かせていただいた上で
じっくり考えてからにしようと思っていた。
しかし、あれよあれよという間に正宗に帰伏。
まさか正宗信徒として今年の終わりを迎えるとは思ってもみませんでした。
で、帰伏から一年もたたずに本門戒壇の大御本尊様にお目通りを許された。
ただただ今年に一大秘法の大御本尊様にお目通りをさせていただいたことが
大げさなことかもしれないが、信じ難く、そして本当にありがたいことでございます。

内得信仰の身で御本尊様を下付されていない状況はなかなか大変だが
来年は本格的に信行学全てにおいてレベルアップさせていかないとね。
それは自分自身の弱いところに向き合っていかないといけない。
自分自身の愚図なところはよくわかっているつもりだが
ぐずぐずしていても功徳はいただけない。
まっ、来年は本当に勝負だな。

さて、このブログを始めた目的の一つに自分自身の勉強のためという目的もあった。
残念ながらその目的はほとんど達成できていなく
自分自身のふがいなさを実感している今日この頃です。
今自分の記事を読み直しても拙い文章、浅い内容で
自分自身がいかに未熟な存在かを恥ずかしく思っています。
いかに今まで自分が勉強してこなかったか残念で悔しくてしゃーないよ。
そんな拙いブログにコメントいただいた方には本当に感謝申し上げます。
本当に今年はありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
では、よいお年を。
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創価村のランキング上位に位置する創価の森なんちゃらの
管理人の別ブログの創価の森の小さななんちゃらでふざけたことを書いていた。
新人間革命を紹介している記事なんだが
今は聖教新聞紙上で新人間革命の勝鬨という章を連載しているらしい。
で、「勝鬨」っていう章が始まる前に
池田大作のいわゆる「会長勇退」が書かれてたらしく
その原因が日顕(上人)の嫉妬だってよ(笑)
オレが学会活動家の頃は日顕(上人)が池田センセに嫉妬していたと信じていたが
(それでも性格には少々疑問を持っていた。)
心の宗創関係を調べ、勉強したのでこれは全くのウソだと確信している。
そもそもなんで日顕上人が単なる在家信徒の池田に嫉妬なんかしなければいけないの。
池田大作に嫉妬するところなんかひとっつもないぞ(笑)
嫉妬したんならちゃんと証拠を出せよ。
日顕上人が池田大作に嫉妬した客観的証拠があるんならそれを認めるが
その証拠なんてものは一切ない。
またその創価の森の小さなナンチャラによると
池田センセへの熱烈な反応が日顕宗に危機感を与えたらしい。
池田大作を倒せば、会員は日蓮正宗の僧侶を慕うと考え
そうして、あらゆる手段を駆使して会長辞任に追い込むことに成功したらしい。
まずここがおかしい。
仏法上の師は在家の池田ではなくて歴代御法主上人であらねばならない。
今までもこれからもそれは変わらない。
池田大作を慕うのは勝手だが根源の師を忘れて
仏法上「師」になる資格のない池田を師匠と仰ぐ、
まさにこれこそが当時の学会が教義を逸脱していたという証拠だ。
池田大作がどんなに優れていようとも仏法上は「師匠」の資格のない在家の輩だ。
池田大作を慕うのは勝手だが慕うのと仏法上の「師」とするのは間違いだ。
むしろ会員のお手本となるべく本師たる歴代上人に
信伏随順するのが在家団体の長としての使命だろ。
それに池田センセが会長を辞任したのは
御本尊模刻という大謗法を犯したからで
その大謗法を日達上人に厳しく注意されたんだろうが。
だから当時の副会長の辻武寿氏が謝罪したんだろうが、バータレめ。
で、異様な悪徳の宗門の権力の座に就いたのが、かの阿倍日顕(上人)であるんだそうだ。
本当に「異様で悪徳な宗門」であればこの時に日蓮正宗から独立すればよかったんじゃね?
しかも会長「勇退」ご池田センセは反転攻勢を決意されたそうな。
池田センセは一体何に対して反転攻勢されたのかな。
「異様で悪徳な宗門」に反転攻勢したのかな(笑)
この時池田センセの御指導はこういったものだった。

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●日蓮正宗の根本たる御法主を訴えたという、この一事だけで、もはやいっさいが崩れさったことを物語っている
                     (広布と人生を語る3巻P212~P213収蔵)

●日蓮正宗には三大秘法総在の大御本尊が厳然としてまします。また、法水瀉瓶唯仏与仏の血脈が、厳として受け継がれている。いっぽう、身延派は信仰の根本対境たる本尊が定まっていない。血脈もない。ゆえに勝劣は明確であった。本日お集まりの方々のなかにも、そのときの状況をごらんになった方がおられると思う。
             (「7.3祈念北海道幹部会」昭和57年6月27日小樽文化会館)
                     (広布と人生を語る3巻P211~P212収蔵)

●この大仏法の究極唯一の法体は、申すまでもなく、本門戒壇の大御本尊であり、法灯連綿、御歴代の御法主上人がこの大御本尊を厳護したてまつられてここに七百年、そして、あいがたき宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌の今日にあっては、第六十七世御法主日顕上人猊下に、この絶対なる血脈は、厳然と承継されているのである。
      (ヨーロッパ広布二十周年記念総会 昭和56年6月7日フランス・欧州研修道場)
                      (広布と人生を語る2巻P122~123収蔵)
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このように日蓮正宗と日顕上人を持ち上げるスピーチでいっぱいある(笑)
一杯ありすぎて全部を載せられないほどある(笑)
人間革命で反転攻勢の決意をされたのはちょうどこのころのことだ。
一体池田センセはどこの何に対して反転攻勢されていたのかな(笑)
創価の森の管理人の記事によると
日顕宗の僧らを「悪侶」と記され、
さらに「横暴な衣の権威」と表現され反転攻勢の決意を記されるに至ったらしい。
一体このどこが「衣の権威」とやらに反転攻勢されたのかな(笑)
しかもこの管理人、まだ池田センセが元気に
新人間革命を執筆していると信じちゃっているよ(笑)
このブログの管理人は記事を読めば結構ええ歳した
やり手の紳士っぽい印象を受けるんだがな。
創価学会の事になるとスイッチが入っちゃうのね。
まあわからんでもないけどね。
またこの人はひらがな御書を作成していて
だったら何が謗法か分かりそうなんだが

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■凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり
               (真言見聞P142)
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で、僧宝たる歴代上人を誹謗すれば
厳しい謗法の果報を得ることになるよ、気をつけろ。




よく学会員が退会者に罵声を浴びせかける時
「誰のおかげで信心できて幸せになれたんだ」とか
「忘恩の輩」とか「恩知らず」等言う。
日蓮正宗創価学会時代の会員で今日蓮正宗に移った人の中に
「信心を教えてくれたのは創価学会だから
学会の過ちを破折するのが学会に対する恩返し」という人がいる。
そういう考えの人はそれでいいと思うが少なくともオレはそこまで上品にはなれんな。
オレから言わせれば別に創価学会のおかげで幸せになれたとは思っていない。
そもそも破門後の戒壇の大御本尊から血脈が断絶した学会員に功徳が出るはずがない。
創価学会のおかげで大聖人仏法に出会えたただと?はあ?
大聖人仏法「紛い」の物だろ、ふざけるな。
特にオレの場合、破門前の日蓮正宗創価学会時代を経験していないので
功徳らしい功徳なんかひとっつももらっていない。
確かに小学生までは日蓮正宗信徒だったかもしれないが
右も左もわからない、自身で信仰を選択できない小学生にどうしろってんだ。
だからむしろそういってくる奴に対して
ニセ本尊掴まされて仏法とは関係のないクソジジイを「師」と仰がされ
「仏罰しか受けてねぇ―よ、クソボケがっ」と言いたいわ。
本仏気取りのジイさんとそのジイさんを「先生」と呼んで
未だ本気で池田センセを「師匠」と思っている奴も
池田ジイがやってきた悪に対して擁護している奴も同罪だ。
池田創価学会が世界で最高の美味いまんじゅうと偽って
公称八百万世帯に喰わせたまんじゅうは毒まんじゅうだったのだ。
今まで学会が与えたまんじゅうを喰らっていけば幸せになると思い込まされたが
毒まんじゅうと知らずに喰わされて食中毒にのた打ち回っているのが今のオレだ。
もちろん、仏法上の因果からいえば
オレが邪険に言えに生まれるのは
過去世の謗法の果報だろうけどね。
しかし、創価学会、絶対に許さん。
特にイケダダイサクは絶対に許さん。



学会員時代には必ず一応は一か月に一回の本部幹部会には出席していた。
気が重かったんだよね、あの会合に行くのが。
学会の会合自体99.9パーセントつまらなかったが
一番苦痛を伴う会合が本幹と略される本部幹部会という会合だった。
何が嫌かというとこれはオレの感覚にすぎないんだが
あの本幹の最初から最後まで不自然な明るさで気味が悪かった。
無理やりつくられたような不自然なまでの明るさが生理的に受け付けなかったわ。
何やら前座に青年部の活動報告等があり
最後に池田センセのスピーチとやらがあるんだが
結論から言えば正直言ってつまらなかったね。
まあ確かにいい事を言っているんだろうけど
心には全くひっかからなかったな。
池田センセのスピーチなんてな~んも覚えてないし心に残らなかったな。
今から考えると大聖人仏法の話なんてほとんどなかったな。
大聖人の御金言なんぞほとんど引用しないくせに
世界の偉人とされる人間の言葉ばっかり引用していた。
タゴールとかユゴーとか、池田センセは大聖人仏法より西洋哲学者の方がお好きらしい(笑)
オレから言わせれば本部幹部会などは適当に世界で偉人と言われる人の一文を引用して
それと強引に仏法とを結び付け最後に「だから学会は正しいんです」
と言って会員を喜ばすだけの時間だった。
それも本幹(またの名を同時中継と言い略称は同中)で頻繁に訴えていたのが
「報恩」の大事さと「師弟」の大事さを訴えるスピーチだった。
そりゃそうだ。それで会員を池田センセの都合のいいように
動かすためには「師弟」とか「報恩」とかは実に便利な言葉だからな。
仏法における正しい「師弟」が何かなんてもちろん言わなかったので
池田創価学会は創価三代の会長、なかんずく池田センセとの師弟関係が大事だと
何回も何回も会員に刷り込んでいった。
仏法上の師弟義と世法上の師弟論を意図的に混同させてね。
あとそれといかに自分(イケダ爺)だけが先代の戸田先生に
身を粉にして仕えたかという自慢話が延々と続いていたな。
まっ、要するにオレ(イケダ爺)が戸田先生に仕えたように
お前ら学会員は全員オレ(イケダ爺)に尽くせと言いたかったんだろ。
仏法上の正しい師弟の筋目を知らなかったオレは
こんな品のない奴を「師」と仰がなくちゃいけないものかと
非常に思い悩んだし最後まで池田を「師」と仰げなかった。
日蓮大聖人を御本仏と仰ぐオレからすれば
大聖人を根源の師と仰げない学会に日蓮大聖人の仏法は一片もなく
完全に池田教という外道になりさがったじゃないか。
これを池田教と言わずして何を池田教というのかね。
大聖人を根源の師と仰げないばかりか
元々学会員の頭の中に大聖人なんぞ存在しないのではないか。
まあともかく、あの本幹というのは全くもって時間の無駄だった。
男子部時代はまだいい、幹部じゃなかったからね。
学生部の頃はいやだったなあ。あんなつまらん会合出席のためと部員さん結集のために
貴重な時間と労力を使ってそのうえ謗法まで積んじゃったからな。
本当に心の底から後悔しているよ。



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退会者と喋っていたら、貴方は何を喋っていたのとしつこく幹部から聞かれて 世間話ですと答えると 退会しろと言われたやろと勘ぐって 裏切り者、恩知らず、お可哀想な人、途中で辞める人などと退会者に言う それならそれでも良いが選挙は頼む 当たり前でしょと普通に言う 自分だけに都合の良い身勝手な人達でそれを活動などとぬかす
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以前凜子様がコメントさせていただいた所感を記事にします。
まず、このコメントを見て、本当に気分が悪くなりました。
このコメントを読んで最初に頭をよぎったのは
「学会員はもしかして自分たちが正しいとは心の奥底では信じられていないのではないか」
という疑惑です。
その手の人間というのは自分自身に自信を持てず
人の話を聞かずに勝手に妄想を広げる、それも悪い方に広げるタイプです。
要は心の奥底では「学会が嫌われている」「学会が間違っているのではないか」と
思っているんじゃないかと。
実を言うと私の周りの人もこれによく似た感情を抱いているのではないかと疑惑があるんです。
学会の過ちに気づいてもらいたく戸田城聖全集を読むことをある人に読んでもらいたくて
戸田城聖全集を読むよう勧めているのですが頑なに拒むんですよ。
その人は戒壇の大御本尊様を学会が否定したことも認めようとはしません。
その資料を読んでもらいたく資料を渡そうとすると怒りを爆発させるんです。
見れば今の学会の指導とは明らかになりますからね。
それを認めたくないのでハナっから見ない。
だから生命の奥底では学会に対して自信を持てないでいると私は思っています。
元々創価学会の首魁たる池田大作自身が猜疑心の強い小心者なので
そんな小心者を「師」と仰ぐ学会員が池田大作と同じく
猜疑心にさいなまれるようになるのは無理からぬことかと思いました。
もっと言えば自分自身の過ちを直視したくない、直視するのを恐れている。
結局のところ今の学会員は卑怯、臆病なんですよ、正直言って哀れです。
しかしまあ、その幹部は疑り深く人をののしっている、
そのような自分の姿を客観的にみて恥ずかしいという感覚がないのかと愕然とします。
本当に曲がりなりにも信仰をしている者の態度かと
この姿を見れば学会の信心の過ちを逆に確信させられます。

また散々罵った相手に対して
「平気で選挙の依頼なんてよう出来るわ」というのが率直な感想です。
凜子様が「自分だけに都合の良い身勝手な人達」とおっしゃっておりますが
私の考えではホント頭壊れているとしか言いようがありません、
まさにニセ本尊を長年拝んだための頭破作七分の現証です。
こんな頭が壊れているような奴が全国に少なからず存在し
国政に影響力を与えていることに戦慄せざるを得ません。
その学会幹部はもはやキ○ガイといっても過言ではありません。
性根が根本から腐りきっているよ。
凜子さん、急いで電話でイ○ローピ○ポーを呼んであげてください。
しかしまあ本気で精神病院に連れて行ってもらいたいのです。
私の感覚では学会員は人間の姿をしているゾンビとしか思えません。




大石寺の様子を気にかけていらっしゃる方からコメントいただいたので
今回は前回アップしなかった写真の中から
大石寺のにぎわいと五重塔をアップしてみました。
それだけです。

CIMG0059gaikokujinsankeisha.jpg
外国人参詣者です。

CIMG0061houandokaeri.jpg
信徒席は五千人で一日に何回か御開扉があるらしいので参詣者さんは相当数にのぼります。

CIMG0065.jpg

五重塔
五重塔でございます。




皆さ~ん、ついに今年もあと一か月を切りましたねぇ~。
毎年お金の出し入れが多くなる年の瀬になると増えるのが
そう、振り込め詐欺ですね。
特に十二月は創価学会員のみを対象にした
振り込め詐欺が毎年発生しております。
そう、「財務」と称されるあれです。
財務・・・、何それ?
財務って言葉自体が実に奥歯に何か挟まったような
なんやはっきりしない曖昧模糊な言葉で
供養なのか寄付金なのかようよくわからん。
財務は供養なのかな、寄付、それとも会費?
でも学会員は実質的に供養と思って財務やっているよね。
で、学会の本部執行部も功徳があるように喧伝している。
いやいや供養ってのは御本仏日蓮大聖人に対してするものであって
単なる凡夫の集まりである創価学会にするものではないだろ。
あっ、学会員は自分たちを「仏」と思い込んでいるんだったっけ。
では別に学会本部に供養せずに自分自身にすればよろしかろう(笑)
自分たち自身が仏なら自分たち自身に「財務」とやらをすれば功徳が出るのか。
・・・って出るわけないやろ(笑)
じゃあ財務って寄付なの?
う~ん、もちろん寄付というんならまあそれはそうかもしれない。
しかし、学会の幹部は「財務」をすれば功徳が出るように喧伝しているが
単なる一凡夫の集まりである学会に寄付して功徳が出る文理は当然ない。
あるわけないやろ、単なる凡夫の池田センセや単なる法人に仏力法力なんかないからな。
広宣流布に使われるから尊いだって?
広宣流布ってのは大御本尊様を流布する事でしょ。
大御本尊を「受持の対象にしない」と言い切った創価に
何で大御本尊を流布することができるの?
むしろ大御本尊様を捨てた創価学会に寄付したり財務をしたりすれば
謗法の咎は免れないぜ。


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■米穀も又又かくの如し、同じ米穀なれども謗法の者をやしなうは仏種をたつ命をついで弥弥強盛の敵人となる、又命をたすけて終に法華経を引き入るべき故か、又法華の行者をやしなうは慈悲の中の大慈悲の米穀なるべし
                                (高橋殿御返事P1466)
********************************************


で、ここに出てくる法華経の行者ってのはもちろん大聖人の事で
学会活動家の事ではないよ、残念でした。
そして学会員は法華経の行者どころか大御本尊様を捨てた謗法者で
その謗法者を養うことはより一層強い大聖人の敵になってしまうんだよ。
よって創価のように大御本尊を捨てた謗法者に対する財務は
間違いなく深い罪業を積むことになること間違いなし。
で、創価学会に対する「財務」は一切功徳がないばかりか
より一層の「苦毒」を積んでしまうからその財務、今年からやめようよ。
どうせやらざるを得ないなら一円財務でもどうぞ。
以前に頂いたコメントにも書いてあったが
あれほどの大金集めときながらいくら集まったか会計報告もないんやで。
町内会みたいな小さな自治会ですら会計報告はあるのに
巨大宗教団体に会計報告が会員や世間に対して一切なされていない。
そのことに世間一般の人は大層不信感を抱いているのに
創価の財務に会計報告がないことに疑問を持たない学会員ってある意味凄いな。
「バッチリ洗脳されてまっせ」って世間に向けて声高に叫んでいるようなもんや。
こんなええ加減なことしとるくせに「金に汚い」だの「金に狂っている」だのと
日蓮正宗御僧侶や敵対者、いわゆる山友をはじめとするいわゆる退転者の事を
よう聖人君子面してボロッカスに言いよるからな、それもほとんどが嘘八百や。
鉄面皮もええとこやで、ええ心臓しとるワ。
こいつらの心臓には毛がぼうぼうに生えとるワ。

ちなみに私も少なからず学会時代は財務してしまいました。
元々軽い財布がますます軽くなってしまい
罪業だけはますます重たくなってしまいました。



CIMG0022koufubuin1.jpg


広布部員2

コンチクショー!金返さんかいや! (#゚Д゚)凸ゴルァ!!




摂津の国から新幹線とバスを乗り継いで
綺麗な富士山をバスから眺めながら
4時間余りで大石寺に。

大石寺看板
大石寺看板
JR新富士駅から
JR新富士駅から

宿坊で休憩後、御開扉までの時間までにいろいろ大石寺境内を散策。
山門は工事中だったので三門が見られなかったこと、
二天門の工事はすでに終了していたが御影堂とともに
見逃してしまったことは非常に残念だったが
大石寺は非常にきれいだった。

法祥苑
法祥苑

一体この大石寺のどこがぺんぺん草も生えてないねんや。
大勢の方が参詣されていて東南アジア系、ヨーロッパ系の方など
海外からも大勢の信徒さんがいらっしゃっていた。
で、その後早めに一番前に座れるように1時間前には奉安堂のところへ。

奉安堂
奉安堂

一番前から2番目の席に座って大御本尊様を見上げながら
日如上人の大導師で勤行唱題、
それはそれはただただありがたく素晴らしかったです。
唱題中、まずは日蓮正宗に帰依させていただき
大御本尊様を拝し奉ることをお許しいただいたことへの報恩感謝を申し上げ
謗法の創価学会に加担してしまったことの反省悔悟を申し上げた。
で、家族のこと自分の事、折伏の事をご祈念させていただいた。
もちろんこれから数えきれないくらい登山して
大御本尊様にお目通りさせていただくことになるだろうが
また何度も大御本尊様を拝し奉りたい。
そしてなんとしてでも家族、友人知人そしてその他の創価学会員さんを
この戒壇の大御本尊様の御前のお連れしたい。
そんな思いを抱きながら御開扉が終了し奉安堂を後にした。
その後は五重塔を見学。
他人のお墓を写真撮影するのは失礼かと思いカメラには写さなかったが
五重塔近くの創価学会第二代戸田会長の正墓の前で題目三唱。
(学会員のみなさ~ん、創価学会第二代会長戸田城聖氏のお墓は
大石寺にあるんですよ~知っていましたか)
それで大石寺を後にした。
摂津の国に住んでいると時間とお金が大変だが
年に何回かではなく希望としては一か月に一回はお目通りかないたいね。
今の段階では時間とお金がきついけど。
今度は桜が満開の季節に行きたいね。
なんだか観光気分だが、いいだろ、ちょっとぐらい観光気分を味わっても(笑)
「霊山浄土に似たらん最勝の地」なんだから。



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