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ちょっと前学会の男子部の人と会った。
以前はオレが住んでいる地区で支部長をしていた人で
今は別のところで幹部をしている人だ。
オレが日蓮正宗にいたことも耳にしていたが
オレを近日中にある会合に誘うべくオレと会うことになった。
この人、オレが学生部を卒業して地元に帰ってきたとき
男子部の活動にオレを誘うべく家庭訪問をしてくれて
活動を嫌がるオレを叱咤して一緒に題目をあげたり
“戸田城聖全集”を一緒に読んでくれたりと
ほんのちょっとだがオレが男子部で活動するきっかけになった人だ。
学生部の活動で学会活動に嫌気がさしていたオレが
その人の叱咤のおかげでもう一度学会活動を頑張ってみようかと思うようになった。
いろいろオレのために付き合ってくれたことは非常にありがたいことだ。

で、その人と近況とオレが日蓮正宗に行った経緯をいろいろ話したんだが
まあ、その他の学会員と変わらず会則変更には全くもって疑問に思っていなかった。
「戒壇大御本尊様を受持の対象にしないと学会は公式に発表しましたがどう思いますか」
と聞いたら
「別に何とも思わないよ。そもそも戒壇の大御本尊なんてもの御書に書かれていないだろ」
と言われたので
いろいろ拙いながら大石寺の奉安堂にご安置されている御本尊が本門本尊だということを伝え
「この大御本尊と唯受一人の血脈に信をとらない限り法脈が切れているので
ほかの御本尊を拝んでもダメですよ。だめどころか
学会の本部が開眼供養していないとはっきりと言っていますからね。
そして開眼供養しない御本尊には悪鬼魔神が住み着くと御書に書かれていますよ」と言ったんだ。
そうすると「大御本尊と唯受一人血脈相承に信をとらないと法脈が切れているものは
いくら本尊を拝んでも祈りはかなわないというのは神秘的ではないか」と
ちょっとムカッとしながらその人はオレに反論してきた。
そもそも唯受一人の血脈が神秘的なら「総じての信心の血脈」も神秘的だろ。
学会員が大好きな生死一大事血脈抄に書かれているあれだ。
唯受一人の血脈相承というものを神秘的な血脈観で誤った血脈観だと
オレも学生部時代の御書講義では教わったしオレ自身もそう思っていた。
一見それがもっともらしい事のように聞こえるが
そもそも宗教なんてものはそんなものでしょ。
宗教なんてものは実在を確信できないもの、目に見えないものを信じるのが宗教だ。
もちろんそれはただの妄信ではなく、理証文証現証の三証がそろっているが故の信だ。
だから宗教を信じない、仏教を信じない人間から言わせれば宗教自体が神秘的なものだ。
もっと言えばそもそも学会の御本尊に祈れば祈りがかなうなんてものも
宗教をハナッから信じない者にとっては実に神秘的だ

実際無宗教の人間で創価学会を批判する人でそう言う人もいる。
創価学会は貧乏と病人の集まりと言われた時代
あの(紙幅の)御曼荼羅を拝めば病気が治る、生活が豊かになると言って
かつて(今はどうかは知らないが)はそう言って弘教拡大してきたが
「あんな紙を拝んで病気が治るはずがないやろ。」
って批判する者もいる。
それも顔を歪めて吐き捨てながらそう言う人だっている。
そりゃまあ宗教それ自体を信じていない人間にとっては当然そうなるわな。
オレも宗教を信じていなければそんなこと言ってきたやつを徹底的に軽蔑しただろうな(笑)
結局学会員が日蓮正宗を否定したくてその場しのぎで言う事なんて所詮その程度だ。

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◇我々の貧乏と苦悩を救わんがために、大聖人様は大御本尊を建立し、遺されたのである。これは、弘安2年の10月12日の大御本尊のただ一幅なのです。そこから、分身散体の方程式によりまして、ずうっと出てくるのです。それから、ほかの本尊、どこのを拝んでも絶対だめなのです。弘安2年の10月12日の御本尊様から出発したものでなければ、法脈が切れてますから、絶対だめなのです。
(中略)
日本国中じゅうともに、みな、日蓮正宗の大御本尊を拝み、広宣流布しておかなければ、そのときに仏天の加護はありません。ですから、私はそれを思うと、一日も早くこれは大衆のために日本民衆のために、国家のために、一日も早く広宣流布せにゃならんと、悩むしだいなのであります。
                        (戸田城聖全集第4巻P349-P352)

◇電灯にたとえて考えてみると、ヒューズがとんで電流が流れてこない電灯は、電球が切れていないからといって、いくらつけても明るい光を発しないようなもので、電球は本物であっても、電流が流れてこなければ光が出ないのである(中略)したがって富士大石寺の大御本尊を拝まないものはすべて謗法である
                                  (折伏経典P339)
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このように「大御本尊様に信をとらなければ法脈が切れているからダメだ」
というのも戸田会長が言っていることだ。
上記したように以前その人と一緒に戸田城聖全集を読み合わせたこともあった。
だからこそ非常に残念なんだよね、以前戸田会長が指導していたことが
載っている戸田城聖全集を読んでおきながら読んだことが全然心に入っていないことが。
今の学会の方向性は過去の指導とは真逆の方向に進もうとしていることに気づけない
いや、気づいて知っていながらそれを間違っていると考えることができないのを見ているとね。
彼は正直いい人なので、もう一度戸田会長の指導を読んで
学会の誤りに気が付いてもらいたいものだね。
オレ自身も口下手なので上手い事言えないもどかしさがあるな。



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この前御講に参加した時法華講の役員がオレに
「○○くん、あれ見てみ。あいつら月に一回の御講を監視して来てんねん。」と言って
遠くに止まった車を指さした。
一か月ずつ交互に監視している人間(車)が変わるらしい。
広宣部という組織が正宗寺院を監視していることは
事前知識として知っていたが実際に見たのは初めてだ。
いざ、実際に監視している現場を目撃してあらためて創価学会の異常性を再認識した。
はっきり言ってそんなことして一体何なるのよ(笑)
気持ち悪すぎなんだよ(笑)
他人のケツをこそこそ付け回して恥ずかしいと思わんのか、この大うつけ者が!!
そんなことして日蓮正宗法華講に対する圧力になると思ってんのか。
というより信仰者として正々堂々と対決できないことに恥というものを感じないのか。
実際に何か仕掛けてくるわけじゃないがこういう事実を目撃すれば
やっぱり創価学会をきちんと破折していかなきゃなって思って余計ファイトがわいてくる。
まっプライベートで問題を抱えているからそう派手には動けないが
今は出来る限り創価破折チラシ(あの人のチラシではない)を配りまくっているわ。
チラシを配り始めたところ、オレのバイクの上に枝切りばさみを置かれたり
家の前に止めてある自転車がパンクしたりと奇妙なことが起こっている。
それが即創価の仕業とは言わんがこういったことが起こるタイミングが良すぎるし
正宗寺院監視というキ○ガイ行動を平気で取ったり
そもそもオレが弓を引いている団体は
今まで社会的に異常な数々の犯罪を起こしてきた団体だからな。
以前もオレが日蓮正宗に行ったのは法華講にたぶらかされたとうわさを流されたとき
オレの職場近くでオレの事をチラチラ見ている女の人(婦人部の人か)がいて
直感的に監視されているとビビッと感じたね。
その後に上記のうわさが流れたんだが
どう考えたってそのタイミングじゃあこいつらは犯人だろ(笑)
創価学会の幹部が命じたことを疑問におもわずやるのが信心と勘違いしている連中だ。
今のところオレに対してはそこまで監視してはいないだろうが
慎重にも慎重を期す必要があるし警戒してもしすぎることはないと思う。
なんたって常識が通用しない相手だ。
もっと言えば「信心」や「池田先生のために」という大義名分があれば
反社会的行動もいとわない連中だからな。
信心を別にしてもこんな反社会的な連中を野放しにしていいわけがない。
こういった事実から見てもネットで書かれていることは99パーセント事実だと思うよ。
ネットではよく創価学会の集団ストーカーが話題に上っている。
今のところオレは集団で監視しているところは目撃していないが
ストーカー気質があることは確かだ。
とにかくキモい、キモすぎるんだよ創価学会。






二月に入ってすぐに引いてしまった風がなかなか治らなく
やっとよくなりつつあるが今もゴホゴホしている。

さて学会員さんと話をしていると感じるんだが
もうこの人たちは学会なんて心の底では信じていないということだ。
確かにコアな一部の人間はほんとに心から信じているんだろうけど
活動家って言われる人たちも一分コアを除いて惰性で学会活動してんじゃねぇの?
って思わせるほど信心は弱まっている。
だけど他人から学会が間違っていることを言われれば腹が立つので
言い返しているだけのように思える。
そりゃそうだわな、今の仏法僧がない創価は
すでに仏法未満の団体だから功徳がない。
功徳がないだけならまだましだが
罰がひどくて元気が出ないんだもんな。
だから他人の事に構ってられない。
ネットでも一年前と比べても増えてきている。
もう創価の終わりも意外と近いな。


四十代から下の人は特に日蓮正宗創価学会時代の功徳を経験していないからだろうが
アンチ創価の学会二世を見ればほとんど例外なく創価学会を許さんとお怒りだ。
オレもその一人なんだが創価学会が言ういわゆる功徳なんかこれっぽっちもない。
オレも幹部活動家時代も活動は精一杯やったし題目も男子部時代は相当やった。
オレの一番楽しい青春時代を学会に捧げてやった活動だ。
で、その果報はどうだったか。功徳はなく、苦毒だけで今相当苦しんでいる。
オレのリアルな学会員時代の周りにも功徳どころか生活に苦しんでいたり
オレが「またこの人仕事変わったの」と不思議に思うほど職も転々としていたり
躁うつ病でこれまた仕事がコロコロ変わって
生活も精神的にも安定していない人ばっかりだ。
学会男子部員だけじゃない、壮年部の人も鬱になりながら
仕事をしている人だってオレは知っている。
これの一体どこが絶対的幸福なんだよ。
それのにもかかわらず今もリアルでもネットでも
創価学会がばらまく本尊の正当性を
必死に屁理屈を述べ倒している。

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■法華を心得たる人・木絵二像を開眼供養せざれば家に主のなきに盗人が入り人の死するに其の身に鬼神入るが如し
                  (木絵二像開眼之事P469)
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本尊義も宗門への忠誠も戸田会長時代から180度違っているにもかかわらず
戸田会長の指導がもはやないものになってしまっている。

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御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人様のお悟り、唯授一人、代々の法主猊下以外にはどうしょうもない。だから、仏立宗や身延のヤツラが書いた本尊なんていうものはね、ぜんぜん力がない。ニセですから、力がぜんぜんない。むしろ、魔性が入っている。魔性の力が入っている。
                     (大白蓮華昭和三十四年七月号)
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この戸田会長の言葉通り勝手に学会が作った本尊に入った魔性の力で
みんな学会員は苦しんでいる。
どうしてくれるんだよ。
貴重な人生、決して戻ることのない貴重な時間を使ってオレとオレの家族は
戸田会長が言う魔性が入った本尊を必死になって拝んでいたわけだ。
これはおまえが配布した本尊の果報だぞ、池田大作。
よくぞ学会員800万世帯をだましやがったな。
こら、出てきてちゃんと説明せんかいや。
お前は絶対に許さん、絶対にな。



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